馬の胴体の中で考えていたい

おゝ私のふるさとの馬よ

お前の傍のゆりかごの中で

私は言葉を覚えた

すべての村民と同じだけの言葉を

村をでゝきて、私は詩人になつた

ところで言葉が、たくさん必要となつた

人民の言ひ現はせない

言葉をたくさん、たくさん知つて

人民の意志の代弁者たらんとした

のろのろとした戦車のやうな言葉から

すばらしい稲妻のやうな言葉まで

言葉の自由は私のものだ

誰の所有でもない

突然大泥棒奴に、

──静かにしろ

声を立てるな──

と私は鼻先に短刀をつきつけられた、

かつてあのやうに強く語つた私が

勇敢と力とを失つて

しだいに沈黙勝にならうとしてゐる

私は生れながらの唖でなかつたのを

むしろ不幸に思ひだした

もう人間の姿も嫌になつた

ふるさとの馬よ

お前の胴体の中で

じつと考へこんでゐたくなつたよ

『自由』といふたつた二語も

満足にしやべらして貰へない位なら

凍つた夜、

馬よ、お前のやうに

鼻から白い呼吸を吐きに

わたしは寒い郷里にかへりたくなつた

 

小熊秀雄

哀憐詩集」所収

1940

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