母の言葉

「豆腐が五銭に、油揚が三銭に、
 味噌も、紙も。魚も魚河岸の争議から。
 何もかも高うなった。
 何で物が上がるやら。みんな、高うなった、高うなった、とこぼしているに。」

「となりは巡査一人のはたらきに
 六人の子ども。
 おかみさんもやりきれまい。」

「シュギシャみたいなことしとったんじゃ
 仕事などあるまい。
 憲兵が来る、刑事が来る、
 近所じゃなんと思うか。
 仕事のない者が、なんでそんなに夜がおそいか。
 諸式が高うなったら、どうするか。」

「座布団の上に小便しとった。
 四匹もおる、どれだか解りゃせん。
 もうままも食うし、魚も食う。
 この家に来てから生れたが、早いものじゃ。
 猫も冬は寒かろうから、陽のあたる家に
 早よう越したい。」

「向うの家から貰うたんじゃ。
 これは隣からもろうた。
 やったり、とったり、ここは長屋だけに
 田舎にいた時と同じじゃ。
 うまくもないが、よそから貰うたんじゃから、みんな食うてしまえ。」

秋山清
豚と鶏」所収
1933

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