機関車

彼は巨大な図体を持ち
黒い千貫の重量を持つ
彼の身体の各部はことごとく測定されてあり
彼の導管と車輪と無数のねじとは隈なく磨かれてある
彼の動くとき
メートルの針は敏感に回転し
彼の走るとき
軌道と枕木といつせいに振動する
シヤワッ シヤワッ という音を立てて彼のピストンの腕が動きはじめるとき
それが車輪をかきたてかきまわして行くとき
町と村々とをまつしぐらに駆けぬけて行くのを見るとき
おれの心臓はとどろき
おれの両眼は泪ぐむ
真鍮の文字板をかかげ
赤いランプを下げ
つねに煙をくぐつて千人の生活を運ぶもの
旗とシグナルとハンドルとによつて
かがやく軌道の上をまつたき統制のうちに驀進するもの
その律儀者の大男のうしろ姿に
おれら今あつい手をあげる

中野重治
「中野重治詩集」所収
1931

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