Category archives: 1920 ─ 1929

秋の日の下

 秋の日の下、物思いの午後、芝生の上。

取り出せるは、皺になれる敷島の袋、

残れる一本を、くわえて、火を点ず、

残れる火を、さて敷島の袋にうつす、

秋の日の下、物思いのひるさがり、芝生の上、

めらめらと、袋は燃ゆらし 灰となりゆく、

あわれ、我が肺もこの袋の如、

日に夜に蝕まれゆくか、

秋の日の下、くゆらす煙草のいとからし。

 

梶井基次郎

「梶井基次郎全集」所収

1922

Advice to a Blue-Bird

 Who can make a delicate adventure

Of walking on the ground?

Who can make grass-blades

Arcades for pertly careless straying?

You alone, who skim against these leaves,

Turning all desire into light whips

Moulded by your deep blue wing-tips,

You who shrill your unconcern

Into the sternly antique sky.

You to whom all things

Hold an equal kiss of touch.

 

Mincing, wanton blue-bird,

Grimace at the hoofs of passing men.

You alone can lose yourself

Within a sky, and rob it of its blue!

 

Maxwell Bodenheim

From “Introducing Irony

1920

金魚

金魚のうろこは赤けれども

その目のいろのさびしさ。

さくらの花はさきてほころべども

かくばかり

なげきの淵に身をなげすてたる我の悲しさ。

 

萩原朔太郎

純情小曲集」所収

1925

 

疲労

南の風も酸っぱいし

穂麦も青くひかって痛い

それだのに

崖の上には

わざわざ今日の晴天を、

西の山根から出て来たといふ

黒い巨きな立像が

眉間にルビーか何かをはめて

三っつも立って待ってゐる

疲れを知らないあゝいふ風な三人と

せいいっぱいのせりふをやりとりするために

あの雲にでも手をあてて

電気をとってやらうかな

 

宮沢賢治

春と修羅 第三集」所収

1926

この一瞬

死ぬ。

産れる。

泣く。喚く。

気が狂ふ。

へたばる。のたくる。

跳ねあがる。

踊る。舞ふ。

突き飛ばす。

裸身。交接。褌衣。襤褸。大禮服。

流行する。時代遅れ。

破産。強制執行。蔵が建つ。

貴族。私生児。野良息子。才子。

多病。薄命。不良少年。

うろつく。闊歩する。

拘留。宿直。

大道で犬が交尾む。

中流婦人の萬引。坊主の人殺し。

停電。

活動写真のニコニコ大会。

惨めな葬列。

日比谷大神宮の物々しい結婚式。

車夫汗みどろ。

ポイント・マンの大あくび。

幇間のイヒヒ笑ひ。

 

相川俊孝

「万物昇天」所収

1924

すいつちよ

すいつちよよ、すいつちよよ、

初秋の小さき篳篥を吹くすいつちよよ、

その声に青き蚊帳は更に青し。

すいつちよよ、なぜに声をば途切らすぞ、

初秋の夜の蚊帳は錫箔の如く冷たきを……

すいつちよよ、すいつちよよ。

 

与謝野晶子

晶子詩篇全集」所収

1929

一群のぶよ

いち群のぶよが 舞ふ 秋の落日

(ああ わたしも いけないんだ

他人も いけないんだ)

まやまやまやと ぶよが くるめく

(吐息ばかりして くらすわたしなら

死んぢまつたほうが いいのかしら)

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1927

あきらめのない心

わが子のあらんには

夏はすずしき軽井沢にもつれゆき

ひとの子におとらぬ衣をば着せんもの

こころなき悪文をつづり世過ぎする我の

いまは呆じたるごとき日をおくるも

みな逝きしものをあきらめかねるなり。

 

ひとびとはみなあきらめたまへと云へども

げにあきらめんとする心、

それを無理やりにおしこまうとするは

たとへがたくおろかなり。

あきらめられずある心よ

永くとどまれ。

 

室生犀星

忘春詩集」所収

1922

霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ

霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ

   影を落す影を落す

   エンタシスある氷の柱

そしてその向ふの滑らかな水は

おれの病気の間の幾つもの夜と昼とを

よくもあんなに光ってながれつゞけてゐたものだ

   砂つちと光の雨

けれどもおれはまだこの畑地に到着してから

一つの音をも聞いてゐない

 

宮沢賢治

詩ノート」所収

1926

おまえは歌うな

おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな

風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな

すべてのひよわなもの

すべてのうそうそとしたもの

すべての物憂げなものを撥き去れ

すべての風情を擯斥せよ

もっぱら正直のところを

腹の足しになるところを

胸元を突き上げて来るぎりぎりのところを歌え

たたかれることによって弾ねかえる歌を

恥辱の底から勇気をくみ来る歌を

それらの歌々を

咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌い上げよ

それらの歌々を

行く行く人々の胸郭にたたきこめ

 

中野重治

中野重治詩集」所収

1926