Category archives: Chronology

燃エガラ

夢ノナカデ

頭ヲナグリツケラレタノデハナク

メノマヘニオチテキタ

クラヤミノナカヲ

モガキ モガキ

ミンナ モガキナガラ

サケンデ ソトヘイデユク

シユポツ ト 音ガシテ

ザザザザ ト ヒツクリカヘリ

ヒツクリカヘツタ家ノチカク

ケムリガ紅クイロヅイテ

 

河岸ニニゲテキタ人間ノ

アタマノウヘニ アメガフリ

火ハムカフ岸ニ燃エサカル

ナニカイツタリ

ナニカサケンダリ

ソノクセ ヒツソリトシテ

川ノミヅハ満潮

カイモク ワケノワカラヌ

顔ツキデ 男ト女ガ

フラフラト水ヲナガメテヰル

 

ムクレアガツタ貌ニ

胸ノハウマデ焦ケタダレタ娘ニ

赤ト黄ノオモヒキリ派手ナ

ボロキレヲスツポリカブセ

ヨチヨチアルカセテユクト

ソノ手首ハブランブラント揺レ

漫画ノ国ノ化ケモノノ

ウラメシヤアノ恰好ダガ

ハテシモナイ ハテシモナイ

苦患ノミチガヒカリカガヤク

 

原民喜

原民喜詩集」所収

1951

火ノナカデ 電柱ハ

火ノナカデ

電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ

蝋燭ノヤウニ

モエアガリ トロケ

赤イ一ツノ蕊ノヤウニ

ムカフ岸ノ火ノナカデ

ケサカラ ツギツギニ

ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ

サケンデユク 火ノナカデ

電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ

 

原民喜

原民喜詩集」所収

1951

ぼくもいくさに征くのだけれど

街はいくさがたりであふれ

どこへいっても征くはなし 勝ったはなし

三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど

だけど こうしてぼんやりしている

 

ぼくがいくさに征ったなら

一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな

 

だれもかれもおとこならみんな征く

ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど

 

なんにもできず

蝶をとったり 子供とあそんだり

うっかりしていて戦死するかしら

 

そんなまぬけなぼくなので

どうか人なみにいくさができますよう

成田山に願かけた

 

竹内浩三

愚の旗」所収

1956

暖い靜かな夕方の空を

百羽ばかりの雁が

一列になつて飛んで行く

天も地も動か無い靜かな景色の中を、不思議に默つて

同じ樣に一つ一つセツセと羽を動かして

黒い列をつくつて

靜かに音も立てずに横切つてゆく

側へ行つたら翅の音が騷がしいのだらう

息切れがして疲れて居るのもあるのだらう。

だが地上にはそれは聞えない

彼等は皆んなが默つて、心でいたはり合ひ助け合つて飛んでゆく。

前のものが後になり、後ろの者が前になり

心が心を助けて、セツセセツセと

勇ましく飛んで行く。

 

その中には親子もあらう、兄弟姉妹も友人もあるにちがひない

この空氣も柔いで靜かな風のない夕方の空を選んで、

一團になつて飛んで行く

暖い一團の心よ。

天も地も動かない靜かさの中を汝許りが動いてゆく

默つてすてきな早さで

見て居る内に通り過ぎてしまふ

 

千家元麿

自分は見た」所収

1918

月の痛み

月が痛む、光を失うた月の亡骸は赤銅色をして気絶した。

滅びてしまうやうでもあり、生きかへるようでもあり、萎えはてた月の面は苦痛にあへぎ、絶望にうめく。

夜の力はゆるんでいく。

鳥は塒から落ち、人は地に躓く、葉は黒い息を吐き大地は静かに沈んでゆく。

まだ月が痛む。

たよりない色よ、心細い姿よ、生きる勢ひはまるで失せた地平に落ちるやうにも見えない、われわれに近づくやうにも思へない、遠ざかるのだ、恐れ恐れ遠ざかるのだ。

 

河井醉茗

「霧」所収

1910

こぞの冬

十一月の風の宵に

外套の襟を立てて

明石町の河岸を歩いたが

その時の船の唄がまだ忘れられぬ。

同じ冬は来れども

また歌はひびけども

なぜかその夜が忘れられぬ。

 

木下杢太郎

1910

無題

冬こもり

春さり来れば

鳴かざりし

鳥も来鳴きぬ

咲かざりし

花も咲けれど

山を茂み

入りても取らず

草深み

取りても見ず

秋山の

木の葉を見ては

黄葉をば

取りてぞしのぶ

青きをば

置きてぞ嘆く

そこし恨めし

秋山われは

 

額田王

「万葉集」所収

759

同反歌

田舎を逃げた私が

都会よ どうしてお前に敢て安んじよう

詩作を覚えた私が

行為よ どうしてお前に憧れないことがあろう

 

伊東静雄

わがひとに与ふる哀歌」所収

1935

盥の中でぴしやりとはねる音がする。

夜が更けると小刀の刃が冴える。

木を削るのは冬の夜の北風の為事である。

煖炉に入れる石炭が無くなつても、

鯰よ、

お前は氷の下でむしろ莫大な夢を食ふか。

檜の木片は私の眷族、

智恵子は貧におどろかない。

鯰よ、

お前の鰭に剣があり、

お前の尻尾に触角があり、

お前の鰓に黒金の覆輪があり、

さうしてお前の楽天にそんな石頭があるといふのは、

何と面白い私の為事への挨拶であらう。

風が落ちて板の間に蘭の香ひがする。

智恵子は寝た。

私は彫りかけの鯰を傍へ押しやり、

研水を新しくして

更に鋭い明日の小刀を瀏瀏と研ぐ。

 

高村光太郎

智恵子抄」所収

1925

火星が出てゐる

要するにどうすればいいか、といふ問いは、

折角たどった思索の道を初にかへす。

要するにどうでもいいのか。

否、否、無限大に否。

待つがいい、さうして第一の力を以て、

そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。

予約された結果を思ふのは卑しい。

正しい原因に生きる事、

それのみが浄い。

お前の心を更にゆすぶり返す為には、

もう一度頭を高くあげて、

この寝静まった暗い駒込台の真上に光る

あの大きな、まっかな星を見るがいい。

 

火星が出てゐる。

 

木枯が皀角子の実をからから鳴らす。

犬がさかって狂奔する。

落葉をふんで

藪をでれば

崖。

 

火星が出てゐる。

 

おれは知らない、

人間が何をせねばならないかを。

おれは知らない、

人間が何を得ようとすべきかを。

おれは思ふ、

人間が天然の一片であり得る事を。

おれは感ずる、

人間が無に等しい故に大である事を。

ああ、おれは身ぶるひする、

無に等しい事のたのもしさよ。

無をさえ滅した

必然の瀰漫よ。

 

火星が出てゐる。

 

天がうしろに廻転する。

無数の遠い世界が登って来る。

おれはもう昔の詩人のやうに、

天使のまたたきをその中に見ない。

おれはただ聞く、

深いエエテルの波のやうなものを。

さうしてただ、

世界が止め度なく美しい。

見知らぬものだらけな不気味な美が

ひしひしとおれに迫る。

 

火星が出てゐる。

 

高村光太郎

「火星が出てゐる」所収

1956