歓楽の詩

ひまはりはぐるぐるめぐる
火のやうにぐるぐるめぐる
自分の目も一しよになつてぐるぐるめぐる
自分の目がぐるぐるめぐれば
いよいよはげしく
ひまはりはぐるぐるめぐる
ひまはりがぐるぐるめぐれば
自分の目はまつたく暈み
此の全世界がぐるぐるとめぐりはじめる
ああ!

山村暮鳥
風は草木にささやいた」所収
1918

探したー子供たちのように Ⅰ 

不滅なものは信用できない
おお、ぼくの友だち、絶望が不当に傷つけたさびしい少年
つらいぼくの夢はおわったさ
ながーい不信がかがやかす
荒廃した郊外いっぱいひろがった夢
夢はいつだっておわったあとで夢みられる夢だぼくは
もうすでに出立したんだこのぼくのなか
みえっこないほど深いセンチメンタル・ジャーニー
知らなかったかい?ぼくは
終始いつだって誰れでもなかった誰れひとり
ほんとうにぼくたちの誰れであることもできなかった
それでもはじめるしきゃなかったんだよ、ぼく
狂気と永遠を区別することから
純潔と性的倒錯を熱烈に混ぜあわせることから
恐怖だけが純潔だなんて!くそっ
そいつをかんがえると口惜しくなってきて
ああ、ほとんど泣きだしちまいたくなるくらいなんだなあ
ぼくがおしまいまで巧くやってゆけないかどうか
そんなことぼくがどうして知るもんか
ちぇ、どんないろしてるんだろ?ぼくの
怒りや焦りやたまんない衝動のいろ?
ぼくの知らないぼくの青春の
皮膚のいろって、え?
ぼくは探した探した探した
探しためまいのするほどぐるぐる廻って
おおきな積木とちいさな影のあいだで
一日じゅうケンケンをしてくたびれきった
子供たちのようにくたびれるまで
探した探したこのぼくがいまここにいる
場所と名まえ

長田弘
メランコリックな怪物」所収
1973

バケツのかたちの水を
かたむけ
パッと 放おると
菱形にゆがんで浮いたのも束の間
コンクリートに叩きつけられ
悲鳴をあげてペチャンコになり
助けを求めるように触手をのばし
すこし もがいていたが
ひっそり 息絶えた

杉山平一
青をめざして」所収
2004

遠くの路を人が時時通る
影は蟻のやうに小さい
私は蟻だと思つて眺める
幼い児が泣いた眼で見るやうに
それをぼんやり考へてゐる

原民喜
かげろふ断章」所収
1924

五月

ふり返ってはいけない
きのうが明日だった日のことを
はるばる遠い 気の遠くなるほど
遠い明日のために
うつぎの花が咲いている

動物には おのれの姿は目にうつらない
獲物に追いつく すると獲物が
その動物になる
おまえの歩みがわたしに一歩
先立つとき
ふたりのあいだに
森と木洩れ陽がうまれ
猟場の角笛が
こだまを交しはじめる

<ふり返ってはいけない>というのに
<だれも気にしていない動物がいるだけ>というのに
駆けまわる馬の やさしいいななきが
いま おまえの腕を包んでいる

杉本秀太郎

銭湯で

東京では
公衆浴場が十九円に値上げしたので
番台で二十円払うと
一円おつりがくる。

一円はいらない、
と言えるほど
女たちは暮しにゆとりがなかつたので
たしかにつりを受け取るものの
一円のやり場に困つて
洗面道具のなかに落としたりする。

おかげで
たつぷりお湯につかり
石鹸のとばつちりなどかぶつて
ごきげんなアルミ貨。

一円は将棋なら歩のような位で
お湯のなかで
今にも浮き上がりそうな値打ちのなさ。

お金に
値打ちのないことのしあわせ。

一円玉は
千円札ほど人に苦労もかけず
一万円札ほど罪深くもなく
はだかで健康な女たちと一緒に
お風呂などにはいつている。

石垣りん
表札など」所収
1968

ある孤独ー後退

結論のまだはっきりしないうちに
わあっと立ちあがって
すばやい勢いで殺到してゆくのをみた。
ひとびとはくろく一団となって
地平線の彼方に視野から没した。
その移動がいっせいだったので
自分ひとりが後退しているのだとわたしは錯覚した。
ひとたび後退しはじめるときりがないものだと悔みながら、自分がますますしりぞいているのだとばかり思っていた。
わたしが自分のまわりをおずおずと見まわしたとき
いぜんとしてわたしがその森のなかにいることにおどろいた。
あまりにすばやくみんながどこかへいってしまったのだ。
ここは老木ばかりの森だと誰かがいっていたその森のなかだ。
みんなが捨てていった理由をわたしはそんな風に納得した。
陽がさしてきてわたしはあらためてその森を発見した。
老木たちの梢々は
萌え出たばかりのうすみどりのわか葉が
小びとの群が手まねきでもするようにやさしく陽にむかってゆれていた。
なにかしゃべくって、たのしくにぎやかに、わか葉たちは急速に成長していた。
自分の場を捨ててしりぞいてゆくのだと錯覚した自分がおかしかった。
わたしのなかのあわてものよ、自信喪失よ。
そうではないのか、まわりには焦げつくように南国の陽がさし
森のうえにふりそそぎ
木の間を通して地面につきささっていた。
台風のあと、今年二度目の秋のわか葉がもえ出たことを祝福しているのだ。
シイ、クス、ニクケイ、ヤマモモ、タブ、カシの類。そこにまじるモミ、トガ、カヤの針葉樹類。
亜熱帯常緑樹のしげった森が
つよい秋の陽にむかってそよいでいた。

秋山清
「ある孤独」所収
1959

かなしい真珠採りの歌

浮きあがる力とあらそつて
僕はくぐる。
ぎらつく水の底を。

涙が珠になるといふ
うつくしい貝を
僕は、さがしにゆく。

僕のまはりの海は
硝子球のやうにまはる。
上と下をとまどひながら、僕は
泡で沸騰した南太平洋を
もとの位置に戻さうともがく。

潮流のずれ目を
寒暖のくひちがひで
僕は、歪みながら
いのちがけでとどく。

水のそこの岩かげで
ほそぼそと泉が咽び、
うつくしい貝殻が
化粧をしにあつまるところ、

ちろちろする笠子や
縞鯛の子が
つながった影とともに
あそびにやつてくるところ。

秘密警察のスパイ然と
遠くからちろりと横目をくれて
人喰ひ鮫が
うろうろとみはつているところ。

かみそりのやうに水を引き裂きながら
指先から
沸立つた汐をふきながら
僕は、泣いている貝をさがす。

いちばんうつくしい珠。
夜も照りわたるその珠を
僕は、手わたすのだ。
煙草をくはえて
算盤をはじく商人に。

品物をねぶみして
買ひてにわたすだけで
べらぼうにまうける商人に。

いのちがけな
「真実」の顆を
ねだつて手に入れた
心つめたい女たちは、

石のやうに
振動のきこえない胸に
つらねてかざる。
むなしい詩のために。

金子光晴
人間の悲劇」所収
1952

足跡

ずつと昔のこと
一匹の狐が河岸の粘土層を走つていつた
それから
何万年かたつたあとに
その粘土層が化石となつて足跡が残つた
その足跡を見ると、むかし狐が何を考えて
 走つていつたのかがわかる

(口述)

蔵原伸二郎
岩魚」所収
1955

ある家庭

またしても女房が言ったのだ
ラジオもなければテレビもない
電気ストーブも電話もない
ミキサーもなければ電気冷蔵庫もない
電気掃除機も電気洗濯機もない
こんな家なんていまどきどこにも
あるもんじゃないやと女房が言ったのだ
亭主はそこで口をつぐみ
あたりを見廻したりしているのだが
こんな家でも女房が文化的なので
ないものにかわって
なにかと間に合っているのだ

山之口貘
山之口貘詩集」所収
1962