あめ

あめ あめ あめ あめ
あめ あめ あめ あめ
あめは ぼくらを ざんざか たたく
ざんざか ざんざか
ざんざん ざかざか
あめは ざんざん ざかざか ざかざか
ほったてごやを ねらって たたく
ぼくらの くらしを びしびし たたく
さびが ざりざり はげてる やねを
やすむ ことなく しきりに たたく
ふる ふる ふる ふる
ふる ふる ふる ふる
あめは ざんざん ざかざん ざかざん
ざかざん ざかざん 
ざんざん ざかざか
つぎから つぎへと ざかざか ざかざか
みみにも むねにも しみこむ ほどに
ぼくらの くらしを かこんで たたく

山田今次
「行く手」所収
1947

春雨

ぼくが消えてしまうところが
この地上のどこかにある
死は時の小さな爆発にあって
ふいに小鳥のようにそこに落ちてくるだろう

その場所はどんな地図にも書いてない
しかし誰かがすでにそこを通ったようにおもわれるのは
その上に灰いろの空が重く垂れさがっていて
ひとの顔のような大きな葉のある木が立っているからだ
あなたは歩みを速めて木の下を通りかかる
そしてなにかふしぎな恐れと温かな悲しみを感じる
ぼくの死があなたの過去をゆるやかに横切っているのだろう

春雨がしめやかに降りだした
いますべての木の葉が泣きぬれた顔のように
いつまでもじっとあなたを見おろしている

嵯峨信之
魂の中の死」所収
1966

キツネうどんを売る男

うまいで やすいで
やすいで うまいで
うまいで あついで
あついで うまいで
エエ 100円!
ないか?
80円

男が自動販売機で買ったばかりのキツネうどんを 両
手に一つずつ持って叩き売りをやっていた

できたて あつあつ
うまいで やすいで
ないか 80円
エエ! 60円
60円やで これでもないか
買わんか おっさん

買うたばっかしのうどん
なんですぐ売る
ふしぎやろけど わけはいわん
わけはいわんが 一つだけ売る
やすいで うまいで 50円
ないか

30円まで値が下がっても 誰も買おうとしなかった

やすいで のびるで
のびるで うまいで
はやいもん勝ち
10円でどや?

買うた! しゃがれた声がかかって 黄色い顔したじい
さんが手に握りしめた10円玉を男に渡した 男とじいさ
ん 二人ならんで道端に腰をおろし キツネうどんを食
いはじめた。

家に帰り 痛む歯をおさえて考えていた なぜあの男は
キツネうどんを二つも買い 10円に値下げしてまでその
一つを売りたがっていたのだろう もしかしたら あの
男は売ることよりも 本当は誰でもいい誰かと 二人で
キツネうどんを食いたかったのじゃないだろうか

そうだとしたら──

   ×月×日 快晴
   今日もまた街角に立つ。
   ジジイ一人。10円で。七五歳くらい。
   病気のせいか、手が震えていた。
   二人でのびかかったうどんを食う。(何の話もせず)
   親知らずの痛み治らず 親殺しのような

黒瀬勝巳
「幻燈機のなかで」所収
1981

ほたる

ホタルは 青い流れ星
空から落ちた 流れ星
(だからホタルは)
もういちど空へかえろうと
あんなにはげしく とぶのです
けれども空は
(けれども空は)
あんまり高くて とどかない

ホタルは 青い流れ星
空から落ちた 流れ星
(だからホタルは)
水にうつった星かげを
あんなに 恋しがるのです
けれども水は
(けれども水は)
あんまり深くて もぐれない

そうしていまは
ホタルは 草の葉の涙
ホタルは 草の葉の涙

吉原幸子
「樹たち 猫たち こどもたち」所収
1986

夢一夜

昨夜は夢をみて
小鳥の籠があったかしら 火は爆ぜていたかしら

それであのひとはよそにおんながいるのです
わたしのところに十日ほど するとこんどはおんなのところに
行く夕方がきます
行っていらっしゃい
おんなは半分裸で いえ 肩から着物がすべて落ちるとかいなも細くて
背も薄いのです

ああ 夢に火がついて
それでやっと わたしの洞はあんなだったのよ
ながい間わたしをさびしがらせていたのがあの大きさだったのよ と分かる
不可思議の脛舐めている火の舌が這いまわり
くくっと わたし
こそばゆいので

あかい月がぼうっと上る夜道にむかって
いってらっしゃぁい
さびしくないわぁ と手を振っています

このおそろしさ
離れているのはおそろしいことよ とわたしはいつもあのひとに言ったのに
空けてあればいつのまにかおぼろに充ちる
夢一夜。

三井葉子
草のような文字」所収
1998

鍋一つ

わが家のフライパン
すんなりと伸びた柄の先に
指の強さを確かめて
輪になる鍋の底
この日ごろ油乏しく
色艶はなけれども
熱き湯をジュッと鳴らし
心ゆくまで拭きこみて
太鼓の赭鏡の如く
重き光に充ち足り
きょうひと日この鍋に頼りて
雑雑の糧を創意に温む
明日のマナを信じ
つつましくもあるか
鉄うすき鍋一つ

港野喜代子
「港野喜代子選集」所収
1976

喜び

男は
鯛の生きづくり
と 注文した。
鯛はありませんが
鰈ならあります
と 店員が答えた。
運ばれてきた皿の上で
口を天井に仰向け
自分の姿態をスカートのようにひろげてみせた魚。
ひらかれ そがれ 並べられた
白く透きとおるほどの身の置きどころ。
お酒をやると喜びます
店員が言った。
男がとっくりを手に
魚の口から酒をそそぐと
パクッとうごいた。
もう一口!
連れの女もまねた。
それから互に杯を傾け合った。
酒は半身の冷たい絶壁を
骨づたいに
熱く 熱く 落ちて行った。
――まだ生きている。

石垣りん
やさしい言葉」所収
1984

五月は私の時

五月には
私は帰らなければならない
今の仙台の病院から故郷へ帰って
私の犬へ予防注射をしてやらねばならない

私の犬は雑種のまた雑種であって
大変みにくくてきたない犬だから
誰も注射に連れて行ってくれる人はいないのだ
父でも母でも妹でも
およそ私の恋人でもそれだけはできないのだ

犬はもともと野良犬だから
私を忘れてしまっているだろう
私を忘れてしまって何処ともあてもなく
さまよい歩いているだろう
私は私の犬のさまよい歩く処なら
ちゃんと知っているのだ

それは世界のめぐまれない隅や
またきたないたまり場や
およそ野良犬として人に好かれない処など
おろおろおろおろ歩いているのだ

だがそういう犬ならば
人は誰でも持っているのだ
持っているから人は何処へ行っても何処にいても
あってもなくてもせつなく故郷を思うのだ
村を離れれば村のことを
国を追われれば国のことを

五月は私のそういう時なのだ
私の犬に私ひとりだけしかできない
私の犬が狂ってしまわないように
注射をうってやらなければならない
時なのだ

村上昭夫
動物哀歌」所収
1967

わが抒情詩

くらあい天だ底なしの。
くらあい道だはてのない。
どこまでつづくまつ暗な。
電燈ひとつついてやしない底なしの。
くらあい道を歩いてゆく。

    ああああああ。

    おれのこころは。
    どこいつた。
    おれのこころはどこにゐる。
    きのふはおれもめしをくひ。
    けふまたおれは。
    わらつてゐた。

どこまでつづくこの暗い。
道だかなんだかわからない。
うたつておれは歩いてゐるが。
うたつておれは歩いてゐるが。

    ああああああ。

    去年はおれも酒をのみ。
    きのふもおれはのんだのだ。
    どこへ行つたか知らないが。
    こころの穴ががらんとあき。
    めうちきりんにいたむのだ。

ここは日本のどこかのはてで。
或ひはきのふもけふも暮してゐる。
都のまんなかかもしれないが。
電燈ひとつついてやしない。
どこをみたつてまつくらだ。
ヴァイオリンの音がきこえるな。
と思つたのも錯覚だ。

    ああああああ。

    むかしはおれも。
    鵞鳥や犬をあいしたもんだ。
    人ならなほさら。
    愛したもんだ。
    それなのに今はなんにも。
    できないよ。

歩いてゐるのもあきたんだが。
ちよいと腰かけるところもないし。
白状するが家もない。
ちよいと寄りかかるにしてからが。
闇は空気でできてゐる。

    ああああああ。

    むかしはおれも。
    ずゐぶんひとから愛された。
    いまは余計に愛される。
    鉄よりも鉛よりも。
    おもたい愛はおもすぎる。
    またそれを。
    それをそつくりいただくほど。
    おれは厚顔無恥ではない。
    おれのこころの穴だつて。
    くらやみが眠るくらゐがいつぱいだ。

なんたるくらい底なしの。
どこまでつづくはてなしの。
ここらあたりはどこなのだ。
いつたいおれはどのへんの。
どこをこんなに歩いてゐる。

    ああああああ。

    むかしはおれのうちだつて。
    田舎としての家柄だつた。
    いまだつてやはり家柄だ。
    むかしはわれらの日本も。
    たしかにりつばな国柄だつた。
    いまだつてやはり国柄だ。

いまでは然し電燈ひとつついてない。
どこもかしこもくらやみだ。
起床喇叭はうるさいが。
考へる喇叭くらゐはあつていい。

    ああああああ。

    おれのこころはがらんとあき。
    はひつてくるのは寒さだが。
    寒さと寒さをかちあはせれば。
    すこしぐらゐは熱がでる。
    すこしぐらゐは出るだらう。

蛙やたとへば鳥などは。
もう考へることもよしてしまつていいやうな。
いや始めつからそんな具合にできてるが。
人間はくりかへしにしても確たるなんかのはじめはいまだ。
とくに日本はさうなので。
考へることにはじまつてそいつをどうかするやうな。
さういふ仕掛けになるならば。
がたぴしの力ではなくて愛を求める。
愛ではなくて美を求める。
さういふ道ができるなら。
例へばひとりに。
お茶の花ほどのちよつぴりな。
そんなひかりは咲くだらう。
それがやがては物凄い。
大光芒にもなるだらう。

    ああああああ。

    きのふはおれもめしをくひ。
    けふまたおれはうどんをくつた。
    これではまいにちくふだけで。
    それはたしかにしあはせだが。
    こころの穴はふさがらない。
    こころの穴はきりきりいたむ。

くらあい天だ底なしの。
くらあい道だはてのない。

草野心平
日本砂漠」所収
1948

耳をください

まず顔が好きでしょ 前髪が好きでしょ
積み木をすぐ崩して遊ぶのすてきでしょ
腹違いの息子 まんじ型の傷のあと
そろそろ気がついてくれなきゃ泣いちゃうぞ

たとえば今日がイスだとしたら壊れそう
くさって脚が折れて気軽に座れなくなっちゃうぞ

さみしがりやだけど群を抜いてがんこ
足が速いことを自慢せずに謙虚
たらいまわしされても文句も言わないで
坂道登ったら夕焼けにひとこと

朝いちばん辞書にある知らないことばを丘で叫ぶと
どこかのだれか知らない人がほれぼれするでしょ

うぬぼれている人の部屋に必ずある写真が
うちにもあるので安心して眠れるね

大きい音ならなんでもよくって
歌える歌なら好き嫌いもない
はなしを聞くならいくらでも
ぼくの耳はだれかのもの

かなしそうな声でうれししそうな声で
どんな人からどんな時電話が来るの
道を歩きながら自転車乗りながら
どれくらいの音でイヤホン聴いてるの

朝いちばん辞書にある知らないことばを丘で叫ぶと
どこかのだれか知らない人がほれぼれするでしょ

柴田聡子
さばーく」所収
2016