ミミコの独立

とうちゃんの下駄なんか
はくんじゃないぞ
ぼくはその場を見て言ったが
とうちゃんのなんか
はかないよ
とうちゃんのかんこをかりてって
ミミコのかんこ
はくんだ と言うのだ
こんな理屈をこねてみせながら
ミミコは小さなそのあんよで
まな板みたいな下駄をひきずって行った
土間では片隅の
かますの上に
赤い鼻緒の
赤いかんこが
かぼちゃと並んで待っていた

山之口貘
山之口貘詩集」所収
1948

生と死

毒薬をのんだバラが
青空にすがる。
肉体よ
死んではいけない。

この人生を
言ひくめるのは
死をあつかふほど
らくなことではないが、

死んではいけない。
ひけめでしかない
祖国のためにも、
愛するものの為にも、

まして、あの破廉恥な
ボス共のためにも
奴らのいふ自由や
正義のためにも、

金子光晴
屁のやうな歌」所収
1962

僕の顔

コンタクトつけたまま寝たりしてたら、目に傷がつきまくったらしくて眼科の先生にコンタクトを禁止されたけど、眼鏡は嫌いでいつも裸眼で過ごすことにしたから、ド近眼の僕の視界はひどくぼんやりしてる。好きなあの子のことをずっと見つめていられるのは相手の顔がよく見えなくて、相手の表情が全然分からないから。だから、目が合ったって分からないし、ずっとあの子のことばかり考えながらずっとあの子のことを見つめていたから、クラス中の人に僕が誰のことが好きか知られてしまったし、相手にもバレてしまったけど、そんなことはなんか全然どうでもよくて、その子に話しかけられたときもどういうわけか鋭く睨み返してしまった。

そういえば「この間の文化祭の時に友達が君のこと盗撮してたよ」って友達の子にいわれたけど、僕はいつも堂々と好きな子のことをぼんやり見つめているのだから、その友達の友達の子も目を悪くしてずっと僕のこと見つめていればお互い気兼ねせずに好きな人を好きなだけ見つめていられるのになって思ったけど、あ、そうか他校の子かって変に納得してなんかそのこともどうでもよくなって、僕はこの間怒鳴り合っていた父親と母親の喧嘩の内容について考えていた。

眼科のせいで酷く遅刻して午後に登校したらまだ授業中で教室のほうを見たら同じクラスの子が笑いながら手を振ってくれたので手を振り返した。そういえば下校するときもバス停の前で何人かの子がいつも僕の名前を呼んで手を振りながらバイバイしてくれるけど目が悪いから誰だかよく分からない。教室の中のその子は時々宿題のこととかを聞いてくるからその子のために結構丁寧にノートは書くようにしてたし、今思えばとても綺麗な子だったと思うけど、何か二人で宿題以外の会話したことってあったっけな、あまり覚えていない。

卒業した後に時々その子が夢にでてきたのは意外だったし、なんでなのかよく分からないど、でも結局卒業した後にも連絡くれたのは、告白してきたどこかの知らない人と、あとは僕が好きだった子の友達の子だけで、そのときはカラオケに誘ってくれたけどなんか面倒くさくて断った。僕の好きな子もいるから来ればいいのにっていわれて、そういえばこの子たち、前にも遊びに誘ってくれたのに僕は一度も遊びに行ったことないのを思い出したけど、僕の頭はぼうっとしていてそんなことはもうどうでもよくて、それからちょっと自分の顔のことが気になって、適当に笑って相槌をうってバイバイしたら少し耳鳴りがして耳を塞いだ。

卒業する少し前から僕は体調を壊すことが多くなって、ひどく痩せていってポッキーみたいになっておまけに顔がとても不細工になって友達の男子に「お前不細工になったな」っていわれたときはちょっとショックだったし、中学のときに仲の良かった子にしばらくぶりに会ったときにも「なんか可愛くなくなったね」っていわれて、どうしてだかとても傷ついて、その頃から僕は以前にも増して鏡を見つめていることが多くなって、家に帰ったらイヤホンで音楽聴きながら深夜までずっと鏡を見つめて自分の顔がもう可愛くなくなってしまったことと居間から聞こえてくる両親の喧嘩のことだけを考えていた。

もともとぼうっとしていた視界はもっとぼうっとしてきて、最近はいろいろなことがどうでもいい。昼まで寝て深夜のバイトしながらだらだらと暮らして、グデグデしながらどうしたら僕の顔はもとに戻るんだろうってずっと鏡ばかり見つめて、気づいたらもう女の子は誰も声をかけてくれなくなって、誰も手を振ってくれなくなって、僕はどんどんぼうっとして、部屋には空のペットボトルと読み終わった漫画が散乱して、僕の顔はどんどん醜くなっていって、これだけは全然どうでもよくなくて、部屋から空を見上げたらコンクリートみたいな灰色で、気付いたら夕立になった。近くでカラスが鳴いているのが聞こえて黒い電線の束がぶらんぶらんと揺れているのが見えた。

survof
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2018

ふたたび母はあらわれなかった
幾日も幾夜も
もはやどんな星よりも遠くおもわれたが
すぐそこの戸の外に立っているようにおもわれるときがあった
ふと耳にきく声は
いつもの澄んだやさしい母の声だった
ぼくはきゅうに駆けだした
うち鳴らす鐘の音を
どこかで母がきいているにちがいないと
一つの遊星が
いまぼくのなかを大きな影を落として通りすぎる
やがてそれを霧がつつんでぼくを眠らせた

嵯峨信之
魂の中の死」所収
1966

少年

あるひはその小川の流れに沿つて桑畑が靡いてゐて
犬も少年達も万年筆を食べたやうに青い舌を出す
この少年達はてんでに蕗の葉をささげてゐたが
その蕗の葉のなかで桑の実がチャンピオンインクのやうに光る

北園克衛
夏の手紙」所収
1937

風の歌

おぼえているだろうか 薔薇よ
あまたの空の透き見える露だまに飾られ
ふと めざめていたおまえのうなじに
めぐり ためらい わたしがそっとくちづけたことを
わたしは来た こんなにも遠く ああ薔薇よ
たとえおまえがどれほど美しかったとしても
とどまりみちる場所を わたしは持たない
わたしはとどまることが出来ない

不安におののく夜の梢をわけて
わたしはきょうも馳けぬける
胸の柩におまえを呼び おまえを育て・・・

呼ぶことーそれがわたしだというのか
ふりかえることもなく過ぎ去りながら
過ぎ去ったものへの愛に重くみなぎりながら

伊藤海彦
「黒い微笑」所収
1960

一つの星に

 わたしが望みを見うしなつて暗がりの部屋に横たはつてゐるとき、どうしてお前は感じとつたのか。この窓のすき間に、あたかも小さな霊魂のごとく滑りおりて憩らつてゐた、稀れなる星よ。

原民喜
原民喜詩集」所収
1951

ゆめ(三)

”とぶゆめ”をしばらくみない
といふはなしをしたら その夜
久しぶりに ”とぶゆめ”をみた

いつものやうに
高度は十五メートル位
塔の屋根から屋根へとんで
誰もゐない部屋をのぞきこんだり
電線をくぐったり
樹の枝にやすんだり
ヘリコプターを追ひかけたり

泳ぐゆめならみたわ
でもとぶゆめなんて一度もーー
とあのひとが言ったとき
わたしはふと胸をつかれた
(日常が そんなに重くて?)

反対かもしれない
日常が重いからこそ
わたしたちはゆめでとぶのかもしれない
それに とぶゆめといふものは
蝶のやうにいい気持とは限らない
むしろ たいていは怖いゆめだ

それでも
あのひとに 一度ぐらゐは
ゆめのなかでとばせてあげたい
蝶のやうにかるく
鳥のやうにするどく

ああゆめのなかでは
愛も 憎しみも
恐怖さへも かがやいてゐる
ぴすとるをしっかりと握って とべ
墜落のやうに烈しく

吉原幸子
「夢 あるひは…」所収
1976

五月の雉

風の旅びとがこっそり尾根道を通る
ここはしずかな山の斜面
一匹の雌きじが 卵を抱いている
青いハンカチのように
夕明かりの中を よぎる蝶
谷間をくだる せせらぎの音
ふきやもぐさの匂いが
天に匂う
(どこからも鉄砲の音などきこえはしない)

一番高い山の端に陽がおちる
乳いろのもやが谷々からのぼつてくる
やがて、うす化粧した娘のような新月が
もやの中からゆっくりと顔を出す
ーー今晩は、きじのおばさんーー
平和な時間がすぎてゆく
きじの腹の下で最初の卵がかえる
月かげにぬれてひよこがよろめく
親きじがやさしくそれをひきよせる
(どこからも鉄砲の音などきこえはしない)

蔵原伸二郎
岩魚」所収
1955

深夜

これをたのむと言いながら
風呂敷包にくるんで来たものを
そこにころがせてみると
質屋はかぶりを横に振ったのだ
なんとかならぬかとたのんでみるのだが
質屋はかぶりをまた振って
おあずかりいたしかねるとのことなのだ
なんとなからぬものかと更にたのんでみると
質屋はかぶりを振り振りして
いきものなんてのはどうにも
おあずかりいたしかねると言うのだ
死んではこまるので
お願いに来たのだと言うと
質屋はまたまたかぶりを振って
いきものなんぞおあずかりしたのでは
餌代にかかって
商売にならぬと来たのだ
そこでどうやらぼくの眼がさめた
明りをつけると
いましがたそこに
風呂敷包からころがり出たばかり
娘に女房が
寝ころんでいるのだ

山之口貘
山之口貘詩集」所収
1940