くまさん

はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かんがえた
さいているのは たんぽぽだが
ええと ぼくは だれだっけ
だれだっけ

はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かわに きた
みずに うつった いいかお みて
そうだ ぼくは くまだった
よかったな

まど・みちお
「くまさん」所収

青をめざして

たゞ目の前のシグナルを
青のシグナルを見つめて
脇見をしないで
歩いた
どこへ行くのか考えたことも
なかった
青をみつめて
青だけをみつめて
わたしは歩いていった

どこが悪かったのだ
みんなどこへ消えたのだ

杉山平一
「青をめざして」所収
2004

麗日

桃子
また外へ出て
赤い茨の実をとって来ようか

八木重吉
「貧しき信徒」
1927

会議室にて

机の前にたくさんの顔が並んでいる。
血のかよっている
笑ったり怒ったり話したりする顔
いつかみんないなくなる顔

とじられる目
つめたくなる唇
からっぽのがいこつ、

けれど永久になくならない
次々と生まれてくる顔
やがては全部交替する顔
それをじっとみまもっている
その交替をあざやかにみている眼——
それがある、きっと。

それが誰だかわからない
ひとり、たしかに一人いるのだが。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と
1959

さくら


さくらは天にむかって散っていく
せかいはひとつの網膜で
はなびらのひとつひとつは
そのぬるむせかいのはてなさを
おののくのだ

やがて鶴の群れとなり
はなびらは 死のひろがりへ
はばたいていく。

うすももいろというとき
その認識にまつわるはじらいは
さくらのはなびらの どこに
受けとめられるというのか

さくらのころ
わたしらに斜めにふりかかるひかりが
はなやかな風光を
ほのぐらい地平へ
うながすことがある

そのとき じつにわずかなときだが
さくらのはなびらは
わたしらの足もとを
どこにもないひかりでてらす

もはや わたしらは
背中にしずかにまわされた
みえないあつい手に
めまいする静寂
そのおそれの岸へといざなわれているのだ。

片岡文雄
「悪霊」所収
1969

羽の日

嗚呼、私はどうすれば良いのだろうか?
妻の体は白に包まれて行く
もう胸の辺りまで真っ白だ
深く息を吸うが肺は膨らめず
弱い呼吸を繰り返すしかない
私は妻の硬くなった太股を触る
微かにだが体温と拍動を感じる
体内は軟らかいままのようだ
だがそれを知った所でなんになるのだ?

私は布団の前で正座し
何日も風呂に入らず雲脂だらけの頭を掻き毟った
録に食事も寝もせずに妻の前でただこうやって
泣く事しか私にはもう思い付かないし出来やしない
そうする事で苦しむ妻と同じ立場になり
無力な私が許される
そんな気がしたのだ

私は何度も医者を呼んだ
だがしかし妻の容態を見るなり
急用を思い出したと行って帰って来ない
何時になったら戻って来るのだろうか
目の前で苦しむ妻よりも大事な用事とはなんなのだろう
ある医者を招き入れ妻に会わせると
背を向けて帰ろうとするので
私は彼の足をぎゅっと掴む
何処へ向かわれるのですか?
医者は私の腕を振り払い
知らないと言って家を出ていってしまった
それを最後に私は医者を呼ぶのを止めた
だが、どうしたら良いのか私は何も知らないままだ

最後に医者を呼んでから三度の日を跨いだ
もう起きているのか寝ているのか分からない
非常に曖昧で畳から浮いている
引き延ばされた時間の中に私は座っていた
その中で妻の絞った声が聞こえた
今までありがとうございます
その声を聞いた瞬間
私の視界に黒い幕が降りて来て
ぐるぐると意識が解けていった

目を覚ますと朝で
妻は安らかな顔で
頭の先まで真っ白になっていた
涙を既に枯らしていた私は
畳をひたすら殴った
皮膚を破り血が滲んでも
構わずに殴った
この何も出来ない私の手で妻の頬に触れる
すると硬い頬の奥に流れる物を感じた

私は急いで服を脱ぎ
妻の服を脱がせ割れないように抱いた
この温度を逃がさぬと抱いた
日なんて幾つ跨いだか分からない
ある朝に妻の白い体が内側から割れる
中から羽の生えた赤子が何体も飛び出し
私は驚いて尻餅を付く

暫く呼吸すら忘れていたが
その後直ぐに窓を開けて放してあげないといけないと思った
死んだ部屋の空気と沈んだ埃と一緒に
赤子達は空へと飛んでいった
きっと医者が言っていた知らないとは違う場所

カオティクルConverge!!貴音さん
現代詩投稿サイトBREVIEWより転載
2018

藪蚊

注射器いつぽんが身上
乙に
縞の胴衣なんか着込んでさ
患者には「瘤」と「痒み」を置土産に
せつせと稼ぐ うら藪から往診の藪医者どの

高祖保
「高祖保詩集」より
1945

四月

起きもしない
外はまばゆい
何だか静かに
失はれてゆく

原民喜
かげろふ断章」所収
1956

港の人

無は一つみたいだけれど
じつにたくさんある

必然をいくら細かに砕いてみても
ちっとも
偶然はでてこない

海の教訓は
とてもきびしい
でも
もっときびしくしてもいいとおもいながら

午後
やました公園をひとまわりして
部屋に帰って
静物の位置をすこしなおす

北村太郎
港の人」所収
1988

その言葉は
釘のように グイと
打ちこんできた

いや しかし と
言おうとしたのに

ふたゝび 奥へ
たゝきこんできた

そしてもう一発
ガーンと止めの一撃

もう動けなかった

杉山平一
「青をめざして」所収
2004