稲妻

くらい よる
ひとりで 稲妻をみた
そして いそいで ペンをとった
わたしのうちにも
いなずまに似た ひらめきがあるとおもったので
しかし だめでした
わたしは たまらなく
歯をくいしばって つっぷしてしまった

八木重吉
秋の瞳」所収
1925

母に

畳のうえに ひっそりとすわって
やがてくる季節のふとんをひろげるあなた
山椒の若芽をすりつぶし
食卓のやさしいにおいのなかで
ふと のめないビールをのんでみるあなた
(海のなかにいるお母さん)
(お母さんのなかにいる海)

水のように のみこみ あふれ
港のように しずかになって
闇にさまよう気まぐれな小舟を迎える
あなたほどの大きなゆるしが いつか
わたしたちにも もてるのでしょうか
うしろ姿にばかり わたしは目を伏せて
花束をそっとここに置きます
昔からの母たちの祈りによって咲いた花束を
子が母に 母が祖母にと育ちながら
一つの花束をリンネのように たらい回しに
子が母に 母が祖母にと贈って
やがてそれは遠い美しいふるさとに向って
かすんでゆきます

吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975

視線

こっちを見てほしくて
待って 待っていたのに

やっとこっちを向いてくれたのに

なぜか スーッと
わたしだけをとばして
視線はうごいてゆく

杉山平一
木の間がくれ」所収
1987

ぼんぼりのかげに
少女たちのうぶ毛が光り
深くうるおってきた瞳が光り
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつ終わる

近づいてくる変身の予感に
かすかにおののきながら
ふるい雛たちに なつかしく
謎めいた微笑みを投げ
さよならを言う と

とびたつとき
うすべにいろの花びらが匂う
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつはじまる

吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975

誰が駒鳥を殺したか

ある日、一羽の
駒鳥が殺された。

誰が殺した、
駒鳥を?

「ぼくじゃない」雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつを殺したのは」

では、誰がみた、
駒鳥が殺されるのを?

「ぼくじゃない」蝉はいった。
「殺したやつだ、
誰もみてない殺しをみたのは」

では、誰がみつけた、
殺された駒鳥を?

「ぼくじゃない」魚はいった。
「殺したやつだ、
まっさきに殺された駒鳥をみたのは」

では、誰が希った、
駒鳥が殺されるのを?

「ぼくじゃない」甲虫がいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの死を希ったのは」

では、誰が掘った、
殺された駒鳥の墓穴を?

「ぼくじゃない」梟はいった。
「殺したやつだ、
墓穴の正しい大きさを知っていたのは」

では、誰が説教した、
殺された駒鳥に?

「ぼくじゃない」烏はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつに観念しろといったのは」

では、誰が祈った、
殺された駒鳥のために?

「ぼくじゃない」雲雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの完璧な死を祈ったのは」

では、誰が悲しんだ、
駒鳥の死を?

「ぼくじゃない」紅雀はいった。
「殺したやつだ、
殺したらもう殺せないと悲しんだのは」

では、誰が用意した、
殺された駒鳥のためのその棺を?

「ぼくじゃない」鳩はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつにぴったりの棺を用意したのは」

では、誰が参列した、
殺された駒鳥の葬儀に?

「ぼくじゃない」鳶はいった。
「殺したやつだ、
予め葬儀の日どりを知っていたのは」

では、誰が覆った、
駒鳥の棺を白布で?

「ぼくじゃない」みそさざいがいった。
「殺したやつだ、
事実を白々しく覆いかくしたのは」

では、誰が歌った、
駒鳥のために弔いうたを?

「ぼくじゃない」鶫はいった。
「殺したやつだ、
葬送行進曲の好きなのは」

では、誰が鳴らした、
駒鳥のための弔鐘を?

「ぼくじゃない」牛がいった。
「殺したやつだ、
鐘つきながら息ついているんだ」

では、ここにいる誰でもなかった、
殺された駒鳥を殺したやつは。

それでおしまい。
問われたものは、殺さなかった。
問うものは、問われなかった。
殺されたものは、忘れさられた。

なんとありふれた殺し、
なんとありふれた裁き、
なんとありふれた日々、
ぼくたちの。

告示
殺されたものは
殺したものによって殺されたが
殺したものがいないのであれば
殺されたものもまたいないであろう
きみが殺されるまで

長田弘
言葉殺人事件」所収
1977

草をむしる

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

八木重吉
貧しき信徒」所収
1927

抱きしめる

妻を抱きしめると
彼女は年を遡っていく
今日の妻は昨日の妻になり
昨日の妻は一昨日の妻になる
彼女の時間が逆戻りしていく
一年前の妻 二年前の妻
治った傷がまた口を開き
怪我する前のきれいな肌へと戻っていく
三年前の妻 四年前の妻
私の腕の中で目をつむり
血液は逆さに流れていく

私と共に過ごしてきた
長い時間の中で刻まれた
皺の一つ一つ伸ばされていく
結婚したての頃
デートを重ねた頃
妻を抱きしめ続けると
さらに彼女は年を遡る
今とは髪形が違っていた頃
私と付き合い始めた頃
私が妻と会う前の
私が知らない妻の頃
腕の輪の中 とても小さな空間で
妻は時を遡り続け
形を戻し続ける
今の彼女の面影を残しながらも
年の若いほうへと
体も小さいほうへと
私はそれを腕の輪の外から
惑星の一生を巡るように見届けている

抱きしめる妻は
実家暮らしの高校生の頃
あどけない中学生の頃
活発な小学生の頃
私の知らない時代の妻に
留まることなく戻っていく
お花を摘んだ幼稚園の頃
言葉もあやふやな幼児の頃

窓の外では陽が沈みかかっている
古い時計はカチカチと動いている
電灯もついていなくて薄暗い部屋
西日だけが二人を焼く
包み込んで抱いた妻は
音も立てず流れるように
幼く小さく戻っていく
時間と成熟を取り除いていく
幾十年生きてきて
それなりの疲れを宿した私の腕
その中で私の知らない時代へと遡っていく妻は
胎児へと還って
あまりにも小さくなった妻は
人の姿から魚の姿へと変わり
分裂した細胞たちは次々に結合していき
受精卵から精子が飛び出した瞬間
私の腕の中で妻は
無となった

幾十年の年月を
共に過ごしてきた妻は
私の腕の中
そこに形はない
そこに鼓動はない
しかし私は妻を抱いている
無である妻をせいいっぱい
抱きしめている

私が手をほどくと
遡った時間は今の時へと戻ってくる
無から原子を集め 姿を作り
体積を増やして 妻を形成していく
一度はほどかれた時間が
次々に編み戻されていく
そして春風に若葉が芽吹くよう
瞬く間に妻は今の妻へと戻り
つむったまぶたを開けた

幾十年もの間
二人並んで同じ景色を眺めてきたその瞳で
私のことをじっと見つめたかと思うと
「夕飯作るね」と言って立ち上がり
私の腕の輪の中から出ていった

渡辺八畳@祝儀敷
詩と思想」2017年5月号掲載

月見草

僕は
叫んでしまいました

夢で 追いかけられたときは
浅葱色のクッションが 蹲らせてくれたけれど
それが かくれてしまったから

鈴蘭のにおいの立ちこめている 場所で
山鳩の魂は 遊んでいるでしょう

藤棚に
山鳩の羽は 紛れこんでいるけれど
硝子窓に つめをとぎにやってくるのは
山鳩をつかんで
飛び上がっていった脚?

いつ
月見草は
飛び上がろうとしてみましたか?

電燈をつけ忘れられた暗闇で
新聞紙の
飛行機を折っていたときに

僕は
叫んでしまいました

吉行理恵
吉行理恵詩集」所収
1970

紙風船

落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く

何度でも
打ち上げよう

美しい
願いごとのように

黒田三郎
もっと高く」所収
1964

ある朝にぼくは

ある朝にぼくは
むろんそれはただ
なんのへんてつもない
いつもの朝で

鳥なんか
さえずっていない
都会のマンション
いつものように
マサルとともに
きらく庵
202号で
目を覚ます

あまり眠れなかったけれど
歯を磨いて
ズボンを履いて
作業所に出かけてゆく前のひととき

ぼくにとって残念なのは
ニューヨーク摩天楼の朝でも
浅く長いシエスタのあとの
目覚めでもなく
恋人ととなりあわせの美しい朝でもなく
ガンジスのほとりの
瞑想のあとの時間でもない
なんて
ことではなく

マサルを起こし
1杯15円たらずの
そう濃くはない
コーヒーを入れてやり
ゆうべの悪夢を聞いてやり
自分のコーヒーを入れ
二人分の卵を溶き
ご飯をよそい
みそ汁を注がせ
ときどきマサルの失敗を
笑って叱る
そんな腕のいい家政婦のような朝

なんのことはない
いつもの朝
けれど
もしかあす
ほんとうに

とれない詩の賞の話が
降って沸いて
あこがれのアツコさんが
ぼくを夫に選ぶことを
真剣に考えてくれ
障害者の寄り合いのような
きらく庵を
晴れて
出ることができて
躁も鬱もやってこず
呪文のようなお薬に頼る
必要もなく
月給20万の仕事を手にして
マサルやぼくの病の再発と
きらく庵の
だれかとの
残酷な死別などを
恐れる必要もない
ほんとうに
幸せな
明日が来たら

ぼくは今日の日を
忘れてしまうだろう
花ちゃんののんびりした足音も
アッくんの愚痴と
壁ごしに聞こえる
障害者の限定された苦労話に
そうだそうだと
一緒に腹を立てることも

たとえさまざまな
偶然で与えられたにせよ
用意したご飯を前に
マサルはおごそかなこどもの目になる
ぼくは穏やかな目をした
父親になる
テーブルのあいだに
訪れる
ぼくらの朝の食事の前の
静かな
時間

それがこの世で
二度とない
得がたいときであるように

蛇口からしたたる雫も
ふるえる冷蔵庫のタービンも
笑いとともに
減ってゆくコーヒーや
部屋ぜんたいに広がってゆく
卵の焦げた香りさえもが
特別にかしこまって
神聖な時間であるように思える

いつもの朝のこと

岡田直樹
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017