機関車

彼は巨大な図体を持ち
黒い千貫の重量を持つ
彼の身体の各部はことごとく測定されてあり
彼の導管と車輪と無数のねじとは隈なく磨かれてある
彼の動くとき
メートルの針は敏感に回転し
彼の走るとき
軌道と枕木といつせいに振動する
シヤワッ シヤワッ という音を立てて彼のピストンの腕が動きはじめるとき
それが車輪をかきたてかきまわして行くとき
町と村々とをまつしぐらに駆けぬけて行くのを見るとき
おれの心臓はとどろき
おれの両眼は泪ぐむ
真鍮の文字板をかかげ
赤いランプを下げ
つねに煙をくぐつて千人の生活を運ぶもの
旗とシグナルとハンドルとによつて
かがやく軌道の上をまつたき統制のうちに驀進するもの
その律儀者の大男のうしろ姿に
おれら今あつい手をあげる

中野重治
「中野重治詩集」所収
1931

私の屋敷には秋の終り頃はぐれて一羽
柿の木のてっぺんに止まって残り実をつつく
小鳥がいる
子供たちがその小鳥に石を投げつけようとすると必ず「しっつ!」と
私の中で強く止めるものがある
妻となり 主婦となり 母となって 幾年
知らず知らず私は妻らしく母らしく主婦らしくなり
二十代 三十代 四十代と
着物も動作も髪型も変っていった
だのにこの変化についてこない
いつまでも私の中に
おきざりにされたままの少女がいる
人前にもどこへも顔を出すことの出来ないこの少女は
いつもこの屋敷の柿の木のてっぺんの
いずれの梢かに止まって飛び去らない

堀内幸枝
不意の翳」所収
1974

 生涯を終るにあたり、きみはちょっとした実験をこころみた。つまり わらったのだ。いちはやく私は読みとった。その瞬間に 監視するものと されるものの位置がすばやくいれかわったのを。死が私を解放するまで 私はきみに監視されつづけた。死に行くものの奪権。それはしずかに しかしきわめて苛酷に行なわれた。きみの死が完全に終ったとき はじめて私は立ちあがった。いまは物でしかないきみをはなれるために。私はもう一度監視者となった。そのときはじめて知ったのだ。きみはあの時から すでに物として私を見ていたのだと。死者が見た生者も おなじく物でしかなかったのだと。
 立ちあがった私の目の前に ちいさな窓がひとつだけあった。

石原吉郎
北條」所収
1975

夜ふけ、ふと目をさました。

私の部屋の片隅で
大輪の菊たちが起きている
明日にはもう衰えを見せる
この満開の美しさから出発しなければならない
遠い旅立ちを前にして
どうしても眠るわけには行かない花たちが
みんなで支度をしていたのだ。

ひそかなそのにぎわいに。

石垣りん
表札など」所収
1968

スラップスティック・バラード

ドアを叩いた、
返事がなかった。

ドアを叩いた、
開かなかった。

ドアを叩いた、
窓がはずれた。

ドアを叩いた、
壁が崩れた。

ドアを叩いた、
屋根が墜ちた。

ドアを叩いた、
叩いた、叩いた。

空地のまんなか、
家のないドアが一つ。

ドアのまえに一人の男、
拳のさきに一つのドア。

長田弘
言葉殺人事件」所収
1977

ぶらんこ

       わたしが四十五になると
       うたうつもりの歌

・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
かたむきのぼり かたむきくだる
海の白帆よ 漁師の村よ
つまりはこうさ わたしは惚れて
たましいぬけて

小さいナイフとぎすまし
手にきざんだが 少女のイニシャル
・・・・ぎいこぎいこ 傷口こする縄のおと
四十路のいまに思いだす

なつめを噛めば 少女をおもい
目にも絢なるころもをみても
・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
たえ得ず書いた恋文さえも
崇拝きわまり 署名も得せず

つらいあまりのミステイフイカション
字体ですらもかえてあったが
・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
ついに僕だと知れてしまった

いまでもほてるかやさしい耳よ
いまでもにじむか老いたる瞳
四十すぎての ぶらんこあそびも
・・・・ぎいこぎいこ 辷る白帆よ
少女しのべば 恥ともしない

少女がひとりと聞いてはおどろき
生活にいくらか衰えたなど
ましてや家を支え暮らすと
聞けばふさぐよ わがこころ

・・・・ぎいこぎいこ ゆたかな髪よ
靱い眉毛も 澄んだ瞳も
やさしいのどからふっくら噴きでる
すずしいすずしい天使の声音も
・・・・ぎいこぎいこ胸はずませて

おもうばかりでかなしいばかり
おもいあきらめ年月へたが
・・・・ぎいこ ぎいこ
    このために闇屋しかねぬわが思い           二十二年頃の「詩人」

富士正晴
「小詩集」所収
1957

ここでわたしよ、すこしの間

わたしよ、しずかに
いまはここにいて
いちばんたんじゅんな世界を想ってみよう

    ゆれている若木と
    ゆれている影と・・・

そこに立つユーカリの枝に
宇宙の清潔な時のかけらが流れつき
あらたに出発してゆくものたちの影が枝々から
いきおいよく跳躍している

    ゆれている梢の
    ゆれている葉むれの中から

空に向かって まばたく
千の眼があおあおと放たれ
地に向かって 数千の
こどくな脚がさらにふかくあたためられている
至福へのまぼろしが
丘の上に若いユーカリを立たせ
地上にとってそれは
とるに足りない<物語>であるにしても

いまはただ
たんじゅんな生命について考えていよう
ここから翔びたって果てから果てへ
おおきな渦を空に描き
さまよいつづけるわたしの鳥たちのために

ここでわたしよ、すこしの間
眼を閉じてさいしょに見えるものについてだけ
想っていよう
光と 雲と
やがてわたしの上にひろがり
やすらげてくれる緑の円蓋

<愛>という
観念について

新井豊美
「半島を吹く風の歌」所収
1988

午前の仕事を終え、
昼の食事に会社の大きい食堂へ行くと、
箸を取りあげるころ
きまってバックグラウンド・ミュージックが流れはじめる。

それは
はげしく訴えかけるようなものではなく、
胸をしめつける人間の悲しみ
などでは決してなく、
働く者の気持をなごませ
疲れをいやすような
給食がおいしくなるような、
そういう行きとどいた配慮から周到に選ばれた
たいそう控え目な音色なのである。

その静かな、
ゆりかごの中のような、
子守唄のようなものがゆらめき出すと
私の心はさめる。
なぜかそわそわ落ち着かなくなる。
そして
牛に音楽を聞かせるとオチチの出が良くなる、
という学者の研究発表などが
音色にまじって浮かんでくる。
最近の企業が、
人間とか
人間性とかに対する心くばりには、
得体の知れない親切さがあって
そこに足の立たない深さを感じると、
私は急にもがき出すのだ。

あのバックグランド・ミュージックの
やさしい波のまにまに、
溺れる
溺れる
おぼれてつかむ
おおヒューマン!

石垣りん
表札など」所収
1968

ラブホテルの構造

馴染みの鮨屋の裏口の向いに
ラブホテルが出来たのでとうぜん話題は

そのことになった あの内部はいったい
どういう構造になっているのだろうか

そこは昔は原っぱで 少年たちは
丈高い草に隠れて少女たちと遊んだが

あるときダンプカーが来て大量の土砂を捨て
それが踏み固められて凸凹のある

眺望のいい空き地になり少年たちはもう
少女と遊ばなかった 少女は

急激におとなになってどこか遠くへ去り
少年たちも散り散りになったが

どういう風が吹いたのだろうか
数人が舞い戻ってしばらくすると

空地に工事が始まりラブホテルが出現したのである
それでその内部はいったい

どういう構造だろうかという問題だが
空想し(ある者は薀蓄を傾けて)論じあってるさなかに

この春N市の高校を出て来た見習いのアキラ君
出前に行こうと裏口を出た途端に向うからも

若い男女が出て来たので思わず尋ねてしまったそうだ
どんなだった?

男はアキラ君を睨み 可哀想に女性は
ハイヒールを鳴らして駆け去ったが

まじめなアキラ君はその後ろ姿に大声で言ってしまった
そういうイミじゃないんだよう! 内部は

どんなだったってきいたんだよう!

われわれにも 若くて どうしようもなく
おっちょこちょいの時代はあり

それはつい先日まで続いた感じだが
ようやく落着いた──と思ったらさにあらず

疲れただけだったんだ
こんどはぼくがアキラ君の眼の前へ

ぬっと出て来てみたいな もちろん
ラブホテルからだ

辻征夫
ヴェルレーヌの余白に」所収
1990

収入

えらいな
みんなえらいな
わたしはうなだれる
うなだれて
いく先とてない通りを歩いていく

高木護
「やさしい電車」所収
1971