夏は緑の葉っぱの子供と
花の咲く子をつれて海へ行った
二人にははじめての小さな島の海
ぼくが子供のときに泳いだ海だ
(おとうさんおおきな波がきたらたすけてね)
(わたしのこともたすけてね)
もちろんたすけてあげるから安心して
遊びなさい 水中メガネで
水の中を見てごらん
海は無定形と無秩序の状態であり
神々と人間が力をつくして守らなければ
文明はいつでもそこへ逆行するとオーデンは言ったけれど
いまは無秩序と無定形の混沌に触れることが必要なときだ
風と波浪に癒されなければ
子供のときの海に全身で浸らなければーー
ほらたくさんいるのがニシキベラ 他の名前は知らないけれど
ぼくが子供のときにもああして泳いでいた魚たちだ そのときにも
水の中はこんな風にほの暗かったし そのときにも
潜って行けばどこまででも潜って行けた
いまももちろん遠くまで行けるさ
(おとうさん青空はすっかり秋の色)
(魚たちも 秋の魚です)
辻征夫
東京新聞 1988年9月掲載