喰人種

嚙つた

父を嚙つた

人々を嚙つた

友人達を嚙つた

親友を嚙つた

親友が絶交する

友人達が面会の拒絶をする

人々が見えなくなる

父はとほくぼんやり坐つてゐるんだらう

街の甍の彼方

うすぐもる旅愁をながめ

枯草にねそべつて

僕は

人情の嚙ざはりを反芻する。

 

山之口貘

思辨の苑」所収

1938

現金

誰かが

女といふものは馬鹿であると言ひ振らしてゐたのである。

そんな馬鹿なことはないのである

ぼくは大反対である

諸手を挙げて反対である

居候なんかしてゐてもそればかりは大反対である

だから

女よ

だから女よ

こつそりこつちへ廻はつておいで

ぼくの女房になつてはくれまいか。

 

山之口貘

思辨の苑」所収

1938

求婚の廣告

一日もはやく私は結婚したいのです

結婚さへすれば

私は人一倍生きてゐたくなるでせう

かやうに私は面白い男であると私もおもふのです

面白い男と面白く暮したくなつて

私ををつとにしたくなつて

せんちめんたるになつてゐる女はそこらにゐませんか

さつさと来て呉れませんか女よ

見えもしない風を見てゐるかのやうに

どの女があなたであるかは知らないが

あなたを

私は待ち侘びてゐるのです

 

山之口貘

思辨の苑」所収

1938

はらへたまつてゆく かなしみ

かなしみは しづかに たまつてくる

しみじみと そして なみなみと

たまりたまつてくる わたしの かなしみは

ひそかに だが つよく 透きとほつてゆく

 

こうしてわたしは痴人のごとく

さいげんもなく かなしみを たべてゐる

いづくへとても ゆくところもないゆえ

のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1925

鳩が飛ぶ

あき空を はとが とぶ、

それでよい

それで いいのだ

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1925

草に すわる

わたしの まちがひだつた

わたしのまちがひだつた

こうして 草にすわれば それがわかる

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1925

白き響き

さく、と 食へば

さく、と くわるる この 林檎の 白き肉

なにゆえの このあわただしさぞ

そそくさとくひければ

わが鼻先きに ぬれし汁

 

ああ、りんごの 白きにくにただよふ

まさびしく 白きひびき

 

八木重吉

秋の瞳

1925

心よ

こころよ

では いっておいで

 

しかし

また もどつておいでね

 

やつぱり

ここが いいのだに

 

こころよ

では行つておいで

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1925

うつくしいもの

わたしみづからのなかでもいい

わたしの外の せかいでも いい

どこにか「ほんとうに 美しいもの」はないのか

それが 敵であっても かまわない

及びがたくても よい

ただ 在るといふことが 分りさへすれば、

ああ、ひさしくも これを追ふにつかれた こころ

 

八木重吉

秋の瞳」所収

1925

おうい雲よ

ゆうゆうと

馬鹿にのんきそうじゃないか

どこまでゆくんだ

ずっと磐城平の方までゆくんか

 

山村暮鳥

」所収

1925