嚙つた
父を嚙つた
人々を嚙つた
友人達を嚙つた
親友を嚙つた
親友が絶交する
友人達が面会の拒絶をする
人々が見えなくなる
父はとほくぼんやり坐つてゐるんだらう
街の甍の彼方
うすぐもる旅愁をながめ
枯草にねそべつて
僕は
人情の嚙ざはりを反芻する。
山之口貘
「思辨の苑」所収
1938
かなしみは しづかに たまつてくる
しみじみと そして なみなみと
たまりたまつてくる わたしの かなしみは
ひそかに だが つよく 透きとほつてゆく
こうしてわたしは痴人のごとく
さいげんもなく かなしみを たべてゐる
いづくへとても ゆくところもないゆえ
のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく
八木重吉
「秋の瞳」所収
1925