疲れ切つて 仰向けに寝る
おれは水たまりだ
うつし出される一日の記憶に
はずかしくなり
首をまげ 手足をちぢめ
大地の闇に吸われ 消えてゆく
杉山平一
「声を限りに」所収
1967
象のいない上野動物園に
タイ国からこどもの象がきた。
まだ鼻もよくのびていない可愛いいやつ。
インドからも大きな象がきた。
ちいさい象はハナコさん。
大きな象はインディラさんと名をつけて
朝早く子供がわいわい押しかける。
大人も毎日見物にくる。
総理大臣もやってきて
一本百円もするバナナをたくさんたべさせた。
象たちは
うまいうまいとながい鼻の下にのみこんだ。
なぜ象たちはこんなに歓迎されたか。
動物園に象がいなかったからだ。
動物園に象がいなかったのは
戦争で殺されたからだ。
戦争は檻の中のおとなしい象もころしてしまう。
目のやさしいアジアの象よ。
象のすきな子供たちよ。
それはそんなに古い話ではない。
おとなしい象はどうして殺されたか。
厚くてつよい象の皮は
鉄砲の弾もはじきかえす。
注射の針もとおらない。
たべものに毒をまぜると
感のいい鼻でかぎわけてしまう。
だから水ものませず
ひぼしにされた。
もう三週間も、もっと
象たちはなんにもたべない。
腹ぺこぺこでたおれてしまいそう。
子供たちもだあれも来ない。
園丁のおじさん達はこっちを見ないふりしている。
あの親切なおじさんたちが、
なぜだろう。
象の目から涙がながれた。
芋がほしい。芋がほしい。何かください。
三十日ちかくたって
生きのこっているのは
やせてしわだらけのトンキーさん一匹。
ああ、遠くにおじさんがみえる。
逆立ちの芸当をして
もう一度ねだってみよう。
やっとのおもいで後足を蹴あげたはずみに
前足からくたくたとくずれた。
そのまま立ちあがれず
象は死んでいた。
人間の食糧も不足のときに
象のたべものなどありはしない。
空襲で
力のつよい象があばれだしたらどうするか。
こうして、戦争はむりやりに象をころした。
動物園の象の話だのに
戦争のことなどはなしてしまった。
そんなこと、象たちや子供はしらぬがいい。
大きな象が腹ぺちゃんこにやせ
しわだらけになって死ぬようなことは
もういやだ。
秋山清
「象のはなし」所収
1959
コンタクトつけたまま寝たりしてたら、目に傷がつきまくったらしくて眼科の先生にコンタクトを禁止されたけど、眼鏡は嫌いでいつも裸眼で過ごすことにしたから、ド近眼の僕の視界はひどくぼんやりしてる。好きなあの子のことをずっと見つめていられるのは相手の顔がよく見えなくて、相手の表情が全然分からないから。だから、目が合ったって分からないし、ずっとあの子のことばかり考えながらずっとあの子のことを見つめていたから、クラス中の人に僕が誰のことが好きか知られてしまったし、相手にもバレてしまったけど、そんなことはなんか全然どうでもよくて、その子に話しかけられたときもどういうわけか鋭く睨み返してしまった。
そういえば「この間の文化祭の時に友達が君のこと盗撮してたよ」って友達の子にいわれたけど、僕はいつも堂々と好きな子のことをぼんやり見つめているのだから、その友達の友達の子も目を悪くしてずっと僕のこと見つめていればお互い気兼ねせずに好きな人を好きなだけ見つめていられるのになって思ったけど、あ、そうか他校の子かって変に納得してなんかそのこともどうでもよくなって、僕はこの間怒鳴り合っていた父親と母親の喧嘩の内容について考えていた。
眼科のせいで酷く遅刻して午後に登校したらまだ授業中で教室のほうを見たら同じクラスの子が笑いながら手を振ってくれたので手を振り返した。そういえば下校するときもバス停の前で何人かの子がいつも僕の名前を呼んで手を振りながらバイバイしてくれるけど目が悪いから誰だかよく分からない。教室の中のその子は時々宿題のこととかを聞いてくるからその子のために結構丁寧にノートは書くようにしてたし、今思えばとても綺麗な子だったと思うけど、何か二人で宿題以外の会話したことってあったっけな、あまり覚えていない。
卒業した後に時々その子が夢にでてきたのは意外だったし、なんでなのかよく分からないど、でも結局卒業した後にも連絡くれたのは、告白してきたどこかの知らない人と、あとは僕が好きだった子の友達の子だけで、そのときはカラオケに誘ってくれたけどなんか面倒くさくて断った。僕の好きな子もいるから来ればいいのにっていわれて、そういえばこの子たち、前にも遊びに誘ってくれたのに僕は一度も遊びに行ったことないのを思い出したけど、僕の頭はぼうっとしていてそんなことはもうどうでもよくて、それからちょっと自分の顔のことが気になって、適当に笑って相槌をうってバイバイしたら少し耳鳴りがして耳を塞いだ。
卒業する少し前から僕は体調を壊すことが多くなって、ひどく痩せていってポッキーみたいになっておまけに顔がとても不細工になって友達の男子に「お前不細工になったな」っていわれたときはちょっとショックだったし、中学のときに仲の良かった子にしばらくぶりに会ったときにも「なんか可愛くなくなったね」っていわれて、どうしてだかとても傷ついて、その頃から僕は以前にも増して鏡を見つめていることが多くなって、家に帰ったらイヤホンで音楽聴きながら深夜までずっと鏡を見つめて自分の顔がもう可愛くなくなってしまったことと居間から聞こえてくる両親の喧嘩のことだけを考えていた。
もともとぼうっとしていた視界はもっとぼうっとしてきて、最近はいろいろなことがどうでもいい。昼まで寝て深夜のバイトしながらだらだらと暮らして、グデグデしながらどうしたら僕の顔はもとに戻るんだろうってずっと鏡ばかり見つめて、気づいたらもう女の子は誰も声をかけてくれなくなって、誰も手を振ってくれなくなって、僕はどんどんぼうっとして、部屋には空のペットボトルと読み終わった漫画が散乱して、僕の顔はどんどん醜くなっていって、これだけは全然どうでもよくなくて、部屋から空を見上げたらコンクリートみたいな灰色で、気付いたら夕立になった。近くでカラスが鳴いているのが聞こえて黒い電線の束がぶらんぶらんと揺れているのが見えた。
survof
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2018
おぼえているだろうか 薔薇よ
あまたの空の透き見える露だまに飾られ
ふと めざめていたおまえのうなじに
めぐり ためらい わたしがそっとくちづけたことを
わたしは来た こんなにも遠く ああ薔薇よ
たとえおまえがどれほど美しかったとしても
とどまりみちる場所を わたしは持たない
わたしはとどまることが出来ない
不安におののく夜の梢をわけて
わたしはきょうも馳けぬける
胸の柩におまえを呼び おまえを育て・・・
呼ぶことーそれがわたしだというのか
ふりかえることもなく過ぎ去りながら
過ぎ去ったものへの愛に重くみなぎりながら
伊藤海彦
「黒い微笑」所収
1960