ふたたび母はあらわれなかった
幾日も幾夜も
もはやどんな星よりも遠くおもわれたが
すぐそこの戸の外に立っているようにおもわれるときがあった
ふと耳にきく声は
いつもの澄んだやさしい母の声だった
ぼくはきゅうに駆けだした
うち鳴らす鐘の音を
どこかで母がきいているにちがいないと
一つの遊星が
いまぼくのなかを大きな影を落として通りすぎる
やがてそれを霧がつつんでぼくを眠らせた

嵯峨信之
魂の中の死」所収
1966

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