東京では
公衆浴場が十九円に値上げしたので
番台で二十円払うと
一円おつりがくる。
一円はいらない、
と言えるほど
女たちは暮しにゆとりがなかつたので
たしかにつりを受け取るものの
一円のやり場に困つて
洗面道具のなかに落としたりする。
おかげで
たつぷりお湯につかり
石鹸のとばつちりなどかぶつて
ごきげんなアルミ貨。
一円は将棋なら歩のような位で
お湯のなかで
今にも浮き上がりそうな値打ちのなさ。
お金に
値打ちのないことのしあわせ。
一円玉は
千円札ほど人に苦労もかけず
一万円札ほど罪深くもなく
はだかで健康な女たちと一緒に
お風呂などにはいつている。
石垣りん
「表札など」所収
1968