袖にのこりし南蛮の花手拭よ、
染めた模様の唐草は
誰がうつり香ぞ、にほひあらせいとう。
蘆会、蛮紅花、天南星、
平戸、出島の港ぐさ、
たはれ乙女の花言葉。
いざ赤き実を吸ひたまへ。
口はただれて血をはかむ。
牛胆、南星、めるくうる。
南無波羅葦増雲善主麿。
木下杢太郎
1912
袖にのこりし南蛮の花手拭よ、
染めた模様の唐草は
誰がうつり香ぞ、にほひあらせいとう。
蘆会、蛮紅花、天南星、
平戸、出島の港ぐさ、
たはれ乙女の花言葉。
いざ赤き実を吸ひたまへ。
口はただれて血をはかむ。
牛胆、南星、めるくうる。
南無波羅葦増雲善主麿。
木下杢太郎
1912
われわれは
大きい田舎の働き盛りの女を賛美する
夏草のやうな力と新しい情熱を
野薔薇をふみしだく大きい足を
四五人の子供を果実のやうにぶらさげる
円い酒甕のやうな乳房を
大雨に濡れて焔の藪のやうに乱れてゐる真黒な髪を
血で燃えた車の屋羽根のやうな手を
森のやうに笑ふ肉体の騒々しい音を
夕立のやうにせはしないおしやべりを
木と水と草の匂ひのする大きい高声を
われわれは彼女と語る
川や野のかがやかしい精神をいつぱいにして、
木の下で、太陽の畑で
あふれてくる月夜の川で。
佐藤惣之助
「荒野の娘」所収
1922
1
一つ二つと唄つてゐる
幼童のかぞへ歌、そのなかに
静かに雨は降り、
日は輝く。
2
朝まだき
仄暗い森のなかの
声のつぶれた一羽の梟、
煙つてゐる雨と霧。
3
朝は青磁色に
森をぬけて出てゆく、天の貝殻、
露な心臓の慄ふ睡蓮。
ああ、ぬれしとる七月、嶺の高根薄雪草。
4
幼童の歌のなかに
空は色変へ、
萎んではまた開く花のかげ、
頬白の声が晴々しい。
5
啄木鳥は空しく、
森の扉を叩き、
永生の寂しさに
人は白昼の山を昇る。
6
細い谷合の
剣のやうに鋭く澄んだ
かなたの空を飛び過ぎる鷹、
静かに燃え切る無色の焔。
7
粉屋の軒に雨は降り、
平和な咽喉をならしてゐる鳩の巣、
小鳥たちは音もなく
空に散らばる、黄昏れ時。
8
幼童のかぞへ歌のなかに
世界は崩れ、移る、美しい貝殻、
この永遠の子守唄、
木々の空洞の玉虫、こがね、甲虫。
9
森の空気は練絹の如く皺もなく
空を貫く真白の噴水、
池の表に浮く緋鯉、
ここでは時間がとまつて居る。
10
キリキリと駒鳥は日時計を巻き
昼と夜の時刻を分けて、
窓硝子を鳴らす蝿の翅、
鶏達は疲れを知らない。
11
分をわけ、秒をかぞへ、
光を変へる蜻蛉の目玉、
虚空をうつすむなしい貝殻、
月が出た、教会堂の屋根の上。
12
十二月の月をかぞへて
幼童は歌ひつつ編む花輪、花束、
静かに額づいてゐる蜜蜂の 呟は
泡立つ蜜に酔へ、酔へ、酔へ・・・・・・・・
竹内勝太郎
1935
一くわ
どっしんとおろして ひっくりかえした土の中から
もぞもぞと いろんな虫けらがでてくる
土の中にかくれていて
あんきにくらしていた虫けらが
おれの一くわで たちまち大さわぎだ
おまえは くそ虫といわれ
おまえは みみずといわれ
おまえは へっこき虫といわれ
おまえは げじげじといわれ
おまえは ありごといわれ
おまえらは 虫けらといわれ
おれは 人間といわれ
おれは 百姓といわれ
おれは くわをもって 土をたがやさねばならん
おれは おまえたちのうちをこわさねばならん
おれは おまえたちの 大将でもないし 敵でもないが
おれは おまえたちを けちらかしたり ころしたりする
おれは こまった
おれは くわをたてて考える
だが虫けらよ
やっぱりおれは土をたがやさんばならんでや
おまえらを けちらかしていかんばならんでや
なあ
虫けらや 虫けらや
大関松三郎
「山芋」所収
1944
Über den Bergen weit zu wandern
Sagen die Leute, wohnt das Glück.
Ach, und ich ging im Schwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zurück.
Über den Bergen weti weti drüben,
Sagen die Leute, wohnt das Glück.
Karl Busse
山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。
上田敏
「海潮音」所収
1905
待ちぼうけ 待ちぼうけ
ある日 せっせと 野良かせぎ
そこへ兎が飛んで出て
ころり ころげた 木のねっこ
待ちぼうけ 待ちぼうけ
しめた これから寝て待とか
待てば獲ものは駆けて来る
兎ぶつかれ 木のねっこ
待ちぼうけ 待ちぼうけ
昨日鍬取り 畑仕事
今日は頬づえ 日向ぼこ
うまい伐り株 木のねっこ
待ちぼうけ 待ちぼうけ
今日は今日はで 待ちぼうけ
明日は明日はで 森のそと
兎待ち待ち 木のねっこ
待ちぼうけ 待ちぼうけ
もとは涼しい黍畑
いまは荒野の箒草
寒い北風 木のねっこ
北原白秋
1924
栄人有耕田者
田中有株
兎走触株
折頚而死
因釈其来而守株
冀復得兎
兎不可復得
而身為栄国笑
「韓非子」 五蟲 第四十九
烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛可愛と啼くんだよ
山の古巣に
いって見て御覧
丸い目をした
いい子だよ
野口雨情
1921
どんぐりころころ ドンブリコ
お池にはまって さあ大変
どじょうが出て来て 今日は
坊ちゃん一緒に 遊びましょう
どんぐりころころ よろこんで
しばらく一緒に遊んだが
やっぱりお山が 恋しいと
泣いてはどじょうを 困らせた
青木存義
1921