街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
竹内浩三
「愚の旗」所収
1956
要するにどうすればいいか、といふ問いは、
折角たどった思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以て、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因に生きる事、
それのみが浄い。
お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高くあげて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。
火星が出てゐる。
木枯が皀角子の実をからから鳴らす。
犬がさかって狂奔する。
落葉をふんで
藪をでれば
崖。
火星が出てゐる。
おれは知らない、
人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、
人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思ふ、
人間が天然の一片であり得る事を。
おれは感ずる、
人間が無に等しい故に大である事を。
ああ、おれは身ぶるひする、
無に等しい事のたのもしさよ。
無をさえ滅した
必然の瀰漫よ。
火星が出てゐる。
天がうしろに廻転する。
無数の遠い世界が登って来る。
おれはもう昔の詩人のやうに、
天使のまたたきをその中に見ない。
おれはただ聞く、
深いエエテルの波のやうなものを。
さうしてただ、
世界が止め度なく美しい。
見知らぬものだらけな不気味な美が
ひしひしとおれに迫る。
火星が出てゐる。
高村光太郎
「火星が出てゐる」所収
1956
穏やかで静かなランプの光!
私の帰ってくるのは此処だ、
卓の上に柔らかく輝いているランプの光、
一つの椅子、それから鉄製の粗末な寝台、
私の帰ってくるのは此処だ、
窓の外のすさまじい颶風、雨、
電車のひびき、街の騒乱、
それらのものから私を救ってくれる光、
私はこの椅子に腰を下ろし、
この卓の上に一巻の書物を開き、
そしてこの柔らかい光が慈母の掌のごとくに
自分を包むのを待つ、
こゝで私は静かに仕事をし、
友人を思い、
また下の部屋で仕事をしている妻を思い、
それから、それよりももっと深い熱情で
人類のことを考える、
私はむしろ暴風を好む、
むしろ大雨を好む、
むしろ群集の喧轟と機関のわめきを、
しかし私はこゝへ帰ってくる、
汝の光の前に帰ってくる、
あらゆる希望と努力の上に汝の柔らかい接吻
を受けるために。
百田宗治
1955
どこかで「春」が
生まれてる
どこかで水が
ながれ出す
どこかで雲雀が
啼いている
どこかで芽の出る
音がする
山の三月
東風吹いて
どこかで「春」が生まれてる
百田宗治
1955
地球生成の かげを 辿って
あるいてゆく 人がいる
永久に 空っぽの ルックを背負い
やぶれた 認識の シャッポを かぶり
露出した 観念の 岩と岩の間を
秋天に 浮かみ出たり また隠れたり
こんな わびしい 涸渇の道を
その人は 一人で あるいている
蔵原伸二郎
「乾いた道」所収
1954