いゝ加減怖ろしい現実に
さらに輪をかけろ
亭主の義務を放擲して小説をつくれ
まあ五百枚の小説を毎晩抱いて寝るさ、
一篇の詩を書くために
一家五人が一ケ月飢ゑるもよからう
トウ、トウ、タラリ、トウ、タラリ、トウ
烏帽子姿の三番叟は
批評家の介添つきで
新進の舞台に現はれるのはいつの日か、
いつたい何人の、
これこそ日本に於けるパンフェロフなりが、
これまで何人現はれたか、
出足が早くて
逃げ足の早いはこの国の作家なり、
大家の推薦、
批評家の保証のなんと
クレヂットの短いことよ
読者の期待がすぐ失望に変つてゆく、
農村調査を口実に
ふるさとへの帰心
矢のごとき作家幾たりぞ、
いやぢやありませんか、
文学は男子一生の仕事なりや否やと
うたがひだすとは
疑ひだすのは小説を書き始めて
からでは手遅れだ、
悪いことはいはない
文学を始める前に疑ひ給へ、
そして作家になるか、
それともさつさと鞄を抱へて
保険の外交員にでもなりたまへ、
マージャンをやるやうな具合には
文学はやれないのだから
こといやしくも
プロレタリヤ作家を名乗る以上、
性根をすえて首の座に坐り給へ、
君の後ろには介錯人がついてゐる、
紫電一閃、
君の作品の良し悪しを
きりすてるものは
ひとへに八百長批評でもなければ
ジャナリズムでもない
首切人は民衆そのものだらう、
可哀さうに甘やかされた新進作家よ
ゼラチンのいつぱいつまつたやうな頭で
つくりあげる君の作品は
所詮イデオロギーといふ
貞操帯をもたない君の作品は
読者に読まれるためではなく
姦淫されるために作つてゐるのだ。
小熊秀雄
「新版・小熊秀雄全集」所収
1935