大謀網に気付いたのは夜になつてからである。それまでひろびろと張られた網の目に戯れついたり、絲にかかつて揺れる藻をつついたりした彼等であつたが、そいつが陸へ陸へ狹ばめられ手操られてゐるのを知つた時、みなは一瞬ハツと蒼ざめ、つぎに日頃の群游の習性を蹴飛ばしてしまつた。
海と獲物を区切つた網のなか、のがれ出ようとする魚たちのおのれこそ逃げ終はせんと喰はす必死の体当りも無駄であつた。
飛走するひき、無数の流星が蒼闇の海に火花をちらし、網に当つて砕けた。ここで再び蒼白の尾を引いて疾走し直す奴もゐた。鰓深々絲を喰ひ込ませて血みどろにあがきくねるのもゐた。ぶつかり合つた魚と魚は燐火の中で歯を剥いた
動くともなく動く網綱。せばまるともなくせばまる境界。魚たちはぎらぎら飛び跳ねたが、やがて濱辺のかゞりが見え、砂をこする網底の音が陸の喚声に混ぢるとき、捨身の激突に口吻は赤黝くはれ上り、眼玉に血がにじみ、脱け落ちる鱗は微に燃えてひらひら海底へ沈んでゆくのである。
鈴木泰治
「詩精神」初出
1934