草木の側にいると離れられない
誘われそうだ
小川も唄っている
僕の体はふんわり
浮きそうだ
会話もしたくない
うんうん
とぼんやりしていたい
服装ももうない
裸だ
どんな高貴なものも
この雰囲気にはかなわない
顔も脚もない
いい気持ちだけだ
目は頭上にある
此の日画家のおお方の色彩が駆使された
伊藤茂次
「伊藤茂次詩集 ないしょ」所収
1984
草木の側にいると離れられない
誘われそうだ
小川も唄っている
僕の体はふんわり
浮きそうだ
会話もしたくない
うんうん
とぼんやりしていたい
服装ももうない
裸だ
どんな高貴なものも
この雰囲気にはかなわない
顔も脚もない
いい気持ちだけだ
目は頭上にある
此の日画家のおお方の色彩が駆使された
伊藤茂次
「伊藤茂次詩集 ないしょ」所収
1984
熱風が吹いた
植物が繁茂する
昆虫が繁殖する
高温と多湿
植物が繁茂する
昆虫が繁殖する
熱帯性低気圧に
雨が白い渦をまく
植物が繁茂する
引越のために縛りあげる
縛りあげたままのわたし
縛られたわたしのあらゆる部分
乳房に
変化する
昆虫が繁茂する
朝は張って飲みきれない乳房が
ひっきりなしに吸うから
夜になるとしなびてしまって何も出ない
不信を
わたしを
ひっきりなしに吸うから
しなびてしまって何も出ないわたしを
不信を
わたしのおびただしい乳房を
よいおっぱいから
悪いおっぱいへ
悪いおっぱいに
赤ん坊達は復讐を企てている
雨が降るので乳房を食いたい
雲が走るので乳房を食いたい
風が荒れくるうので乳房を食いたい
雨が渦をまくので乳房を食いたい
雨がやんだら
おいしいやむいもが拾える
おいしいたろいもが拾える
おいしいむかごが拾える
おいしいあんこが
おいしいみのむしが
おいしいのみが
おいしい澱粉質が
両手に余るほど拾える
雨がやんだらおいしいたろいもが
両手に余るほど拾える
中尾佐助「農耕植物と栽培の起源」、メラニー・クイーン「羨望と感謝」から引用・参考箇所あり
伊藤比呂美
「テリトリー論1」所収
1987
──kaki、kakiという音の響きにうながされて。
それは「柿」であっても、「もの書き」のことであっても良かった。
柿はどうにもならぬ
柿は無礼である
柿は恥を知らぬ
柿は不穏である
柿は深夜ひそかに
柿の血の色を集めて
柿の身の芯の崩れる音を聞いている
鬱勃たる表情で
柿は許せぬ
柿に対しては協力できない
柿のでたらめさ
柿のような無知
柿から始まり
柿によって終る食事を
柿の実る頃
柿の樹の下でしたことがある
柿は爆じけるばかりに厚顔であって
柿は笑いを噛み殺していた
柿は陽の光を照り返し
柿は強情であった
柿が皮を剥かれるのは当然だ
柿が樹の上でいかに丸くあろうとしても
柿の一箇として球形のものはない
柿のしぶとさがそうさせる
柿が皮を剥かれて多面体であるとき
柿はなおかつ柿色をしており
柿は柿色である以外の
柿の色の名称を持たず
柿が口の中で割られるときの
柿の冷めたさは言うにおよばない
柿は肩をそびやかし
柿同士でぶつかる
柿の裏切りを見たことがある
柿は幾度となく裏切る
いとも簡単に柿は自分の意見を変える
熟したふりをして
柿は柿の上に落ちる
柿たることの心得として
柿は自らで法律を犯し
柿はそしらぬ顔でその形を崩す
柿のごとく愛し
柿のごとく憎み
柿のごとく功名心に富む者は
柿のごとく樹の枝に吊り下げよ
柿は柿同士のねたみとそねみによって
寒空に取り残され
一箇の練りものとして
特別の香りを放つだろう
柿は柿のうちに籠り
甘皮一枚を残して
柿の中の暗い膿を吐き出すだろう
その輝く沈黙の聖果として
佐々木幹郎
「音みな光り」所収
1984
「ラッキョウは苦手なんです」「そうかい 僕は好きだよ」
こんなたわいない会話を誰かが聞いていたのだろうか
次の日からラッキョウに悩まされることになった
パック入りのラッキョウ漬を新聞の勧誘員が持参しクリーニング屋の開店五周年記念でいただき 隣に越してきた人が御挨拶として持ってきた
さらにバケツ一杯のラッキョウをひっさげて汗をふきふき現れた男がいる 「昔お父さまにお世話になった者です」と言ってその日から毎日毎日バケツ一杯持ってきた 父はここにいませんからと辞退しても「いやほんの気持ちです」とラッキョウ男は言い 困って居留守を使うと次の日から黙ってドアの外へ置いていくようになった
押入れ 洋服ダンス ゲタ箱 浴槽といたる所にラッキョウがあふれる 先の友人に贈るともうお前とは絶交だとつっかえされ動物園に電話すればいい加減にしろと怒られた おいしいラッキョウあげますと貼り紙を出しても誰も引き取ってはくれず こうしてる間にもたまる一方で古いものは腐りつつある
思いあまってポリ袋に入れゴミ収集日に出すとラッキョウはゴミではないと言う
背中にかついで山を越え谷を越え むこうの山へ捨ててくると私より早く玄関に帰りついている
そうしてようやくわかってきた
父は恐るべき偏食家で ラッキョウが一番嫌いだ 第一父も私も人にうらまれこそすれ恩を与えるわけがない
ラッキョウの恩返しとは裏返しのでんぐり返しだ
そういう事ならと肚を決め ハチマキをしめてラッキョラッキョウと売り歩くが買ってくれる人はない 型に入れ凍らせてアイスキャンデーのようにすると女の子が数人寄ってきたが 母親どもがかなきり声でよび戻した
その顔めがけラッキョウをひとつかみ投げつけると 追っかけてきて その三倍ほどを私に浴びせた
乳鉢ですり メリケン粉と芥子をまぜて丸薬をつくり 一人暮らしの老人たちに万病にきくと配って歩くと 数日たっておかげさまで元気になりましたとバケツ十杯のラッキョウを持ってきた
寝たきり老人の家へ行き ぽっくりいかせる薬ですと嫁に渡すと 翌日晴れ晴れとバケツ二十杯持ってきた
ラッキョウは部屋中あふれ 小山を成し すごい臭いだ 万策つきてぼんやりしてると シャリシャリシャリと小気味良い音がする 何だろうと見回すと壁の時計が長短二本の腕をのばしラッキョウを摑んでは口へ摑んでは口へ シャリシャリシャリあっという間にひと山たいらげた
そもそもこの時計はどうして動いていたのだろう ゼンマイでもない電池でもない
時間ばかり食べていたんじゃさぞひもじかったろう同情する間にふた山
いや時間は食物ではなく排泄物かもしれないぞ その証拠にと考える間にまたひと山
その証拠に私の心臓もシャリシャリシャリと小気味いい音をたててあしたのラッキョウの方を向いているではないか
平田俊子
「ラッキョウの恩返し」所収
1984