──kaki、kakiという音の響きにうながされて。
それは「柿」であっても、「もの書き」のことであっても良かった。
柿はどうにもならぬ
柿は無礼である
柿は恥を知らぬ
柿は不穏である
柿は深夜ひそかに
柿の血の色を集めて
柿の身の芯の崩れる音を聞いている
鬱勃たる表情で
柿は許せぬ
柿に対しては協力できない
柿のでたらめさ
柿のような無知
柿から始まり
柿によって終る食事を
柿の実る頃
柿の樹の下でしたことがある
柿は爆じけるばかりに厚顔であって
柿は笑いを噛み殺していた
柿は陽の光を照り返し
柿は強情であった
柿が皮を剥かれるのは当然だ
柿が樹の上でいかに丸くあろうとしても
柿の一箇として球形のものはない
柿のしぶとさがそうさせる
柿が皮を剥かれて多面体であるとき
柿はなおかつ柿色をしており
柿は柿色である以外の
柿の色の名称を持たず
柿が口の中で割られるときの
柿の冷めたさは言うにおよばない
柿は肩をそびやかし
柿同士でぶつかる
柿の裏切りを見たことがある
柿は幾度となく裏切る
いとも簡単に柿は自分の意見を変える
熟したふりをして
柿は柿の上に落ちる
柿たることの心得として
柿は自らで法律を犯し
柿はそしらぬ顔でその形を崩す
柿のごとく愛し
柿のごとく憎み
柿のごとく功名心に富む者は
柿のごとく樹の枝に吊り下げよ
柿は柿同士のねたみとそねみによって
寒空に取り残され
一箇の練りものとして
特別の香りを放つだろう
柿は柿のうちに籠り
甘皮一枚を残して
柿の中の暗い膿を吐き出すだろう
その輝く沈黙の聖果として
佐々木幹郎
「音みな光り」所収
1984
「柿へのエレジー」は佐々木幹郎様の許可をいただいた上で掲載しております。
無断転載はご遠慮ください。
この詩を読んで興味を持たれた方は下記のサイトもチェックして見てください。
佐々木幹郎ツイッター
@alicejamjp
1988年サントリー学芸賞を受賞した「中原中也」の大岡信氏による選評
http://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/1988gb1.html
松岡正剛による佐々木幹郎「人形記」の評論。こちらも面白そう!
http://1000ya.isis.ne.jp/1310.html
柿という字が
姉という字に似ているので
つい
姉が、と読んでしまいます。
そうして読んでもおもしろい詩だと思いました。