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新宿のシャンゼリゼでベトナムごっこをしたいだけ

顔もわすれたし、声もわすれた
名前に至ってはもともとしらないし、借りた本もどこに置いたかわすれた

いっしょに観たものもわすれたし、いっしょに歌ったものもわすれた
シャンゼリゼごっこをしたことは覚えているけれど、シャンゼリゼごっこがなにかはわすれた
うっすらと夏だった、いつの夏かはわすれた

シャンゼリゼは新宿にあったように思うけれど、どこがどうシャンゼリゼだったかはわすれた
いい大人がふたりでどうしてシャンゼリゼごっこなのかと考えたけれど
気持ち悪い感傷はだいきらいで、はじめから無いことになった

シャンゼリゼの店のクレープはおいしかった
けれど、どんな味だったかはわすれた
そこではじめてブラックコーヒーをのんだ、これはわすれちゃいけないことだった

わすれたというよりおぼえきれないし、おぼえるというよりわからなかったけれど
サングラスの下の眼がきらきら光っていた

「ねえ、つぎはベトナムごっこをしよう」とあなたは言った
うれしかったからずっとわすれなかった
なのに
ベトナムごっこをする日はこないし、そんな約束はわすれられた

だいたい、
毎日がべつべつの場所で、べつべつにせわしなく過ぎるので、わたしたちにはベトナムごっことは何かとかんがえる暇もなかったもの

いつか新宿のシャンゼリゼどおりで、ベトナムごっこをしたい

「夏はあついからいやだよ」
「どうして?ベトナムはもっと暑いんですよ」

あなたはこんな簡単なことがわからない人だから、ベトナムごっこができない
あなたのせいで、いつまでもベトナムごっこができない


現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017

葦北みっさ

眉をしかめた溝にむらがる昨日は過熱し燃え尽きる
低くなる陽は電柱に座り帽子の余る目庇を焼いた
鼻の下が煎ってもらってから来る
お豆の、とっても中挽きな
黒いに近いへ燃されると、すぐ
二つのしこりを塊を奇妙な形のままに下げる。
道の真ん中を歩いて帰った
未遂の卵と 暮らした日々は、おしまいだ。さあ 
すっかりと 。
パッケージがレジ袋を圧する 指輪といっしょにくい込んでっくる
缶は出してみてタブは開けてみて虎縞ガードレールにめがけ
これまでの唾は吐くんだ、ぜんぶラックス
・コーヒーをすすってみれば 、
おくちににがい
にがくない

 

背すじが小規模に笑うんだ。かかった時間は大人の身体で
整う仕方のないことだ
電線が耳の穴を掘ってくる 、いちじくの葉っぱを貼る場所が
、ある
沸かしすぎは味が落ちるよ火を止めて
移そう適温に下げよう。
低くわだかまる茂みの茎根が触手が虎の白色を残さず隠せば
みっさなんだ、すぐ
瓶牛乳をだ巻き込み、ロゴでっだ 
まんべんっなく
皆伐の端へと転がしたのだ 

今朝から 。 毛深い夜でしかない 。
くぼむ水溜まりに街景が降ったら舗道タイルを擦過してやる
まったく春宵な豪剛毛だ。
たくしあげた部屋着の裾から
小さな膝小僧がのぞく 逃れた腿に殴打の痕が 、
紫にくすみまだ散っている。核果をひっつけた褐色の肌を
焙煎するのだ脱ぎあいみるのだ
フィルターで抽出していく血まみれの乳幼児を掬いあい
紡いだ名前が口をふさぐ。
銀指輪の漏れる砂糖へ みっさへ、私が混ざる隙間へ
熱する液状化が垂れた
両方のまぶたが目にかぶさった
厚く 、
ひろげてゆっくり間を置く淹れる淡さに照らされる
。恋
は女子のキンタマです 。

 


きりひらかれた柔らかい斜面が湿気になだれかかる土質をひろげつなぐ足裏に
吸いついてくる脂指の股へ舌を入れてくる 。
割れた一本道は長い
古砕アスファルトの合間に下生えが抱えた有機肥料の屑が臭くて
スチール缶は 濡れそぼる。夜は卓越する香気を、
肯定し合って、みっさと二人だ 。
絶滅するだけの個人という種が胸元をくつろげて祝福になる
黄ばむ滑らかな歯並びをたどって達して肌に育み続けて 、
去って行った 、悲しい息づかいを
いちもつ が救いあげていく 。正座した陽光は電信柱の頭から
、落ちてもつれて
臓物を吐き群生に合板に蔓に血流を塗る。内側の
吐瀉物を尾根までつないで谷あいの向こうに夕沁みをつくる。
ひどく懐かしくてたどり着けなく
みっさの旬の一瞬の
いとなみはなすすべもなく吸い飲み続け、やがて我にかえるんだろうね 。
醜悪な、えっちの片隅に人生を置く
ためらいだらけの身体にしがまれ、その時みっさは遂にっようやく、
一緒に居ちゃった その事実、が
。最大の自傷だったと気付く
樹木の感覚が広くなり、去年からの殻下生えが苔に滑り 振り回したコンビニ袋の
こよりが、ゆで卵の殻を剥く 。窓から
性器を出した、みっさは渋皮を裂き琥珀色に煮えこぼれているよ
着いたら つば帽子の身体滓から白牛乳を
噴射するんだ 。果芯のぬたくり返しに蹴り上げられて叫んで腫らすよ っ
ぶら下がる交じる溶けている渇きは出来あがりなんだ 。
混じり合うだろう、肉液カフェ・オ
・レ・コンバーナ が 、
あの部屋にせまい
せまくない

平川綾真智
「骨折りダンスっ」第7号掲載
2012

その頃 ぼくは・・・・

校庭の センダンの大木の下に
まごみたいな
小さいセンダンの木が 生えていた

木の好きな母さんに
持って帰ってあげたら
ベランダの植木鉢で
たいせつに育てるかもしれない
そう思って 一気に抜こうとしたが
葉を二、三枚しごいてしまっただけで
根は びくともしない

かんたんなことじゃ ないんだな
ここに根付いている ってことは──
ぼくなんか ふらふら
どこへでも行っちゃいそうだもんね

みちみち 考える
あの幼い木は
しんぼうづよくあそこで育って
やがて大木になり
青空にてっぺんを届かせるだろう
たくさんの小鳥たちを遊ばせてやり
風が運んでくる 遠い国の出来事にも
耳をかたむけるのだろう

その頃 ぼくは
どんなおじいさんになっている?

新川和江
名づけられた葉なのだから」所収
2011

わからない

お父さんは
お母さんに怒鳴りました
こんなことわからんのか

お母さんは兄さんを叱りました
どうしてわからないの

お兄さんは妹につっかかりました
お前はバカだな

妹は犬の頭をなでて
よしよしといいました

犬の名はジョンといいます

杉山平一
希望」所収
2011

知らない町を歩いてみたい

とうかえでの細い木に小さな蟻が
無数にのぼったりおりたりしていた
蟻は何度ものぼったりおりたりした
蟻はとうかえでの甘い汁をなめたり運んだり
しているのだろうか?
ほんの少し感じるか感じないかの雨がふっているのに
蟻はのぼったりおりたりするのをやめなかった

バスはなかなか来なかった
一時間に一本か二本のバスは
看護学校入口前のバス停に二分も遅れてやって来た
バスが来ると霧のなかに無限にひろがる
新しい町が始まった

お茶畑と教会と電気屋の向こうに

美しいさまざまな木が植えられている畑があった
この町に引っ越して来てから
わたしはしきりに「じゃがいもを喰う人々」の
ヴァン・ゴッホのことを思い出した
ゴッホは何であんな風にたくさんの絵を
描いたのだろう 誰かを幸せにするために、と
言ったひとがいた

朝起きると私の部屋の窓から
ゆっくりと横たわる低い山のような丘陵のようなものが
わたしをうけいれてくれるような気がした
あんなに低い緑の山々がまるで昼寝でもするように
見えた

遠い国で生きているわたしの友達と話している
気にもなった
認知症にかかり パリから少し離れた施設に入った友達と
話している気になった
わたしも彼女も少しぐらいさびしくても
生きてはいけないということはないだろう

鈴木ユリイカ
詩誌「妃」18号所収
2016

薄明

C Am7 F Em7

屈強な夜が
明るかった
それはひよわくもあった、いいえ
脆弱な朝の首を
ぐいぐい絞め上げている、
だから。

酒のような雨が降る
僕らの 否、

の、
フラスコの胃
は、この酒のような雨を拒否する、
二日酔いで、
なんてことがあったらいいのに。
みんな騒いで銃を乱射するような。
悪い者しかいなくなって、
善いがなくなってだから悪いが反吐が出る位上等に普通になる。
というかなっている。音楽が止まった。嗚呼、僕は酒が飲めない。
祭りの日を、
楽しく待っているのは甘酒が飲めるから。
キリキリと胃痛がとまらない、ついに胃痛にディストーションが掛かる、母親がペダルを踏んだ、どこに買い出しにいくんだろう?

友達は東京で音楽していて
最近メジャーからインディーレーベルへ落ちてしまった。
彼らとの意思疎通
それはいつだって落とし穴だった。
東京で落とし穴に落ちたのは僕だった。

・・・・・・・なんもやってねぇよ、なんもやってねぇよ、なんもやってねぇよ

シンナーの香り。告白している受付嬢。オレンジシャンプーの香り。そんな記憶と
神なんとか駅近く、客にボコボコにされていくローソンのレジ係と
アップ&ダウン、アップ&ダウン、やっぱりフィッシュマンズのナイトクルージング(名曲!)と
酔ってダウンした友人の喉に指を突っ込んで丸のみされてた椎茸を取り出したこと、
フィード・バック、ケツの穴、ポリバケツ、ペットボトルの甘味料への不満、
ポコンと酒玉が胸から抜けて良い気分になって乗ってたタクシーは代々木で。
反対に最低のタクシードライバー。
訴え損ねたもんだ、
訴え方を知らなかった・・・・・・。
熟考するベーシスト、そして自由ヶ丘のバーのホームシックな外人、ジョン!

生きるものは今でも生きている、死ぬものは死んでしまった。
水タバコをやってたひと、水死体になったひと、歌がうまいひと、もう先はないと震えてた。

お前がのぞむなら、世界をやるけれど
世界をもらって、何も変わるまい

なんでって知っている筈だろう、どれだけの死と、屈託のない笑顔をみてきた、
それからどれだけ詩を書いてきた。しかし言葉は尽きない!
ねぇ、ちょっとだけコーヒーを頂戴。それから五百円を頂戴。
領収書を書いて頂戴。そうだった、税理士にあったことすらない。
脳、が
ねつ造できないあの東京を
倶楽部を、僕は薄明と呼ぼう。
薄命とかかっている。

田中恭平
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017

かりん

砂場を掘ると小さな移植ごて(イショク)が浅い地底にすこんと降りる、それはほとんどあっという間のできごとでした。けれどもいま鋤簾(ジョレン)をかけているこの砂地の底はまだ先のようで、だれかにそっと声をかけられ思い出したように日が落ちる刻(とき)、早くてもその時刻まできっと底はこないのです、夜も、朝も、あせばみも、かじかみも。壁面に光る火山灰層(スコリア)をいとおしめば、いいわけが綻びに積もる砂を崩れさせ、風が吹いて埋もれるのです。うえから籠に入った黄色い球体がばら撒かれては割れ、先んじて砂が擦れて呻きます。土の壁なら眼を凝らし、細かな違いを見つけ、爪で線を引いて層の境界を露にしてゆきましょう。明らかな流れがそこにはあって、同じことがおそらくはそのひとたちのなかでも起こっているのです。黒い層、赤茶けた層、光を含む層、そして果林を抱いたことのある層、漂白を嘆いた層・・・・。現在(いま)こうして同じ現代(とき)に合流して何を考えているのか知る由もありません。伝わるすべも持ちません。爪のなかに入った土たちは水道水に洗われてどこかへと消える運命です。風は吹かなくても土埃は絶えず、目のなかに耳のなかに積もりますが、それをうれしいと思えるようになりましょう。目を潰されて暗いことを言祝ぎましょう。砂たちは泣きます。かすれた喉から絞り雲壌を嘆くこともなくそれが務めとばかりに。少しの力が加われば壁が崩れて埋まるに違いありません。そのときを待ちながら夜のなか、六連星が登場するころにはこの地底の平衡は失われ、ひたすらな眩暈、石細胞だらけの果実の呪い。凍みの大地、苦渋の熱、ふさがって鼻腔は働きを免れ、耳孔は泰然自若としてひるまず、一寸だけでも唇がうごく隙には、なにをつぶやくのがふさわしいのでしょうね。土が砂が去ったあとも残る壁をみつめ、石くれた手指で実らぬものをさがします。いまはこうしているしかないから。

紺野とも
海峡よおやすみなさい」所収
2016

夕陽に顔面

長い黒髪 風にゆらめかせ
女子高生 夕陽を望む
滑らかな曲線を描くシルエットが
逆光によって赤い校庭に写し出される
女子高生は
ゆっくりと
こちらを向いて
その顔面が落ちる
ストンストンと真っさかさま一直線に落ちる
何枚も落ちる止まることなく地面に落ちる
落ちて入れ替わって落ちてこちらを見つめてくる顔面は無い
落ちる落ちる落ちる奇術のマスクのように落ちる
落ちる落ちる落ちる滝のように目まぐるしく落ちる
静止した胴体と反して次々変わる顔面の状態
周りの風景もいつの間にか激しく変わりだす
空は絶え間なく256色に移り変わり
早送りのよう雲は飛び月陽星々は回り続ける
ついに女子高生のハイソックスの縁から虹色の水が溢れだし
爪はどんどん伸びていって蛇のようとぐろを巻いていく
すべてが落ちて変わって飛んで回って動いて暴れて暴れて暴れて
百面相の顔面は険しい山を盛り積み造りあげているが
ただひとつ女子高生の胴体だけは
静止して
動かない
それ以外の全世界は恐ろしい速度で変化し続ける

祝儀敷
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017

HELLO IT’S ME。

ところで、
(ジェイムズ・P・ホーガン『造物主(ライフメーカー)の掟』小隅 黎訳)

きみ
(コナン・ドイル『ボヘミアの醜聞』1、阿部知二訳)

なんて名前だったっけ?
(テリー・ビッスン『赤い惑星への航海』第一部・1、中村 融訳)

ぼくの名前?
(ジョン・T・スラデック『西暦一九三七年!』乗越和義訳)

きみの名前だよ。
(J・ティプトリー・ジュニア『ハドソン・ベイ毛布よ永遠に』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(キリル・ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ4』XIV、三角和代訳)

きみの名前は?
(R・C・ウィルスン『時に架ける橋』第二部・21、伊達 奎訳)

きみの名前は?
(R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』幕間劇・4、公手成幸訳)

きみの名前は?
(スティーヴン・キング『呪われた町』上・第一部・第二章・1、永井 淳訳)

きみの名前は?
(トマス・M・ディッシュ『話にならない男』若島 正訳)

きみの名前は?
(J・G・バラード『終着の浜辺』遅れた救出、伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(ジャック・リッチー『貯金箱の殺人』田村義進訳)

きみの名前は?
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラットの復讐』11、那岐 大訳)

きみの名前は?
(コニー・ウィリス『リメイク』大森 望訳)

きみの名前は?
(ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』A面5、嶋田陽一訳)

きみの名前は?
(コードウェイナー・スミス『ナンシー』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(ノーマン・スピンラッド『星々からの歌』クリア・ブルー・ルー、宇佐川晶子訳)

きみの名前は?
(アルジス・バドリス『隠れ家』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(エリック・F・ラッセル『ディア・デビル』伊藤 哲訳)

きみの名前は?
(ジョン・ボイド『エデンの授粉者』13、巻 正平訳)

きみの名前は?
(ニールス・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』下・41、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(R・A・ラファティ『とどろき平』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(R・A・ラファティ『つぎの岩につづく』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(ジェフリイ・コンヴィッツ『悪魔の見張り』15、高橋 豊訳)

きみの名前は?
(ロッド・サーリング『歩いて行ける距離』矢野浩三郎訳)

きみの名前は?
(レイモン・クノー『地下鉄のザジ』7、生田耕作訳)

きみの名前は?
(フィリップ・K・ディック『空間亀裂』6、佐藤龍雄訳)

きみの名前は?
(ナン&アイヴィン・ライアンズ『料理長殿、ご用心』中村能三訳)

きみの名前は?
(シオドー・スタージョン『ゆるやかな彫刻』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(エリス・ピーターズ『アイトン・フォレストの隠者』4、大出 健訳)

きみの名前は?
(ジェイムズ・レオ・ハーリヒイ『真夜中のカウボーイ』3・5、宇野輝雄訳)

きみの名前は?
(ロジャー・ゼラズニイ『おそろしい美』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(ダン・シモンズ『殺戮のチェスゲーム』第一部・6、柿沼瑛子訳)

きみの名前は?
(チャールズ・ストロス『アイアン・サンライズ』金子 浩訳)

きみの名前は?
(ボリス・ヴィアン『彼女たちには判らない』第十二章、長島良三訳)

きみの名前は?
(チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』第2部・第13章、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』上巻・第一部・5、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(チャールズ・シェフィールド『ニムロデ狩り』9、山高 昭訳)

きみの名前は? 
(ジーン・ウルフ『養父』宮脇孝雄訳)

きみの名前は? 
(ジーン・ウルフ『フォーレセン』宮脇孝雄訳)

きみの名前は?
(デイヴィッド・ブリン『知性化戦争』下巻・第四部・54、酒井昭伸訳)

きみの名前は?
(アーサー・C・クラーク『遙かなる地球の歌』山高 昭訳)

田中宏輔
全行引用詩・五部作」所収
2015

いちごシロップ

色あせた政治家のポスター
が見つめる こうえんからまっすぐにのびていた道は
とうきょう行の 一方通行で
希望だった
このどうしようもない こうえんの周りで
くすぶっているはずじゃない わたしは
とうきょうで女と寝たり寝なかったり するはずで
母のいない 小さなアパートで
息をひそめ 

忘れていくはずだった

こうえんの側溝に捨てられていた
濡れたエロ本を枝で持ち上げて 
鬼ごっこをしながらわたしたちは学んだ
ヒーローはいつも あたらしいことばをもってくるやつだった
わたしのなかに住むようになった 女たち
しばしば
わたしを つれていった

けれどいま
祖母の 車椅子であそぶ 
伯母に 女がいるのか聞かれる 母は
夜更けの

わたしを産み とらえてはなさない
さざ波
よせてはかえす 
優しい
強迫

生まれ
育った場所だもの
黒いベンツも 白いベンツも 
品川ナンバーじゃなくてかわいい
空も 絵具を塗りたくった画用紙のように青いし
こんなに橙色だったかって思う 夕焼け あの頃も
一番に登ってみせた
木の上で

決まって うまくいかないとき
眠っていても
踏切の音が聞こえてくるようなときにかぎって
便りがきた それは
いのり のような 
意思
彗星が弾みをつけて 勢いよく太陽系を飛び出していってもまた戻ってくるように
わたしは引き寄せられていく

どうしたい? と聞くわたしに
愛想をつかしてでていった
名前で呼ぶにはあまりに
みずみずしかった あの身体に
教えたかった 「どこへ行こうと
かるく握りしめるだけで
(いろはすみたいに)
ひねりつぶせるんだよ」
年上の スーツ姿になびいていった
大海で揺れるわたしの
いかだ
ペットボトルでできた
母なる海で浮かぶ
透明な乳房

色あせた政治家の顔
がひきつっている 一方通行の道を
どうして戻ってくることになったのか
こうえんの側溝に隠れていたときの気持ちで とうきょう
息をひそめ 
て いたの

突然
車が いきおいよく曲がってきて
わたしはひき殺されそうだった
心の奥底で 望んでいたこと
甘い死の香り
氷にかかったシロップ
月の無い夜に砂浜で聞こえてくる
声にならないのろい
背筋、伸ばして
しゃんとしなかんよ。
それは
わたしが生かされてきた
あたたかい
血のつながり

fujisaki fujisaki
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017