草をみれば、
草というだけだ。
ことばは、
表現ではない。
この世の本のなかには
空白のページがある。
何も書かれていない
無名のページ。
春の水辺。夏の道。
秋の雲。冬の木立。
ことばが静かに
そこにひろがっている。
日差しが静かに
そこにひろがっている。
何もない。
何も隠されていない。
長田弘
「世界は一冊の本」所収
1994
眠りにつくとき
満潮のようにひたひたと胸を圧してくるものはないか
たとえば くらい獣のような思いはないか
そしてまとまりもつながりもないことを思っていると
頬を濡らしてくる熱いものはないか
おまえたちが眠りにつくとき
まぶたの上でかたはなされた山鳩が鳴きはしないか
ほろほろと──
おまえたちはそれをききながら眠りにおちていくのだろうか
高木護
「夕焼け」所収
1965
玉葱をみじんに切ると、
涙がこぼれた。
挽き肉と卵に玉葱と涙をくわえ、
牛乳にひたしたパンを絞ってほぐした。
粘りがでるまでにつよく混ぜあわせる。
できた塊は三ツに分けた。
深いフライパンでじっくりと焼いた。
柔らかなパンを裂いてハンバーグをはさんだ。
これでよし。
それから火酒を一壜わすれちゃいけない。
世界はひどく寒いのだから。
今夜はどこで一休みできるだろう。
アルバータで一ど、トーキョーで一ど、
ハイファで一どは休めるだろう。
髭のニコラス老人は立ちあがった。
老人は、まだ
一どもクリスマス・ディナーを食べたことがない。
クリスマスはいつも手製のハンバーガー。
とにかく一晩で世界を廻らねばならない。
夜っぴて誰もが夢の配達を待っている。
年に一ど、とはいえきつい仕事である。
夢ってやつは、溜息が出るほど重いのだ。
長田弘
「食卓一期一会」
1987
畳のうえに ひっそりとすわって
やがてくる季節のふとんをひろげるあなた
山椒の若芽をすりつぶし
食卓のやさしいにおいのなかで
ふと のめないビールをのんでみるあなた
(海のなかにいるお母さん)
(お母さんのなかにいる海)
水のように のみこみ あふれ
港のように しずかになって
闇にさまよう気まぐれな小舟を迎える
あなたほどの大きなゆるしが いつか
わたしたちにも もてるのでしょうか
うしろ姿にばかり わたしは目を伏せて
花束をそっとここに置きます
昔からの母たちの祈りによって咲いた花束を
子が母に 母が祖母にと育ちながら
一つの花束をリンネのように たらい回しに
子が母に 母が祖母にと贈って
やがてそれは遠い美しいふるさとに向って
かすんでゆきます
吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975