えらいな
みんなえらいな
わたしはうなだれる
うなだれて
いく先とてない通りを歩いていく
高木護
「やさしい電車」所収
1971
えらいな
みんなえらいな
わたしはうなだれる
うなだれて
いく先とてない通りを歩いていく
高木護
「やさしい電車」所収
1971
声と一緒に多分
おまえはことばも
捨ててしまうべきだったのだ
声を失くしたおまえのことばは
おまえの中で
なんと重たく疼かったことか
ことばはもうけっして
おまえの外へは出ていかず
いつもただ おまえの中にふりつもった
愛に熟れていこうとするおまえの
ういういしいからだの中で
閉じこめられたことばはおまえを閉じこめた
おまえにはわからなかったのだ
愛はからだからもはじまることなど
ああ だからこそ
おまえはいのちと引きかえに
ことばたちに望みを託したのにちがいない
おしげもなくなげ捨てた
おまえのうつくしいからだから
今
ときはなたれた愛のことばたちが
すきとおった泡になって
遠くさらに遠く
とびちっていくのがみえる
征矢泰子
「綱引き」所収
1977
小さな靴が玄関においてある
満二歳になる英子の靴だ
忘れて行ったまま二ヶ月ほどが過ぎていて
英子の足にはもう合わない
子供はそうして次々に
新しい靴にはきかえてゆく
おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に
小さな靴は おいてある
花を飾るより ずっと明るい
高田敏子
「むらさきの花」所収
1976
年寄りは愚にかえる。
愚にかえって
おれは、孫むすめと日本昔話を読む。サル、カニ合戦。カチカチ山。桃太郎の鬼征伐。ウサギとカメの駈けくらべ。
読んでて
眠くなって
こんぐらかって。
おれは好きだ
ウサギのまぬけが。
眠って
ねぼけて
ベソをかけ。
嗜眠性のおれはよく眠る。
バスで、電車で、
待合室で。
飢えで、
たらふくで、
失意で。眠る。
そしておれの生涯は負けの一手だ。
土壇場で。
瀬戸際で。
ふにゃっと潰れる。グウの音も立てぬ腰くだけだ。
負けの一手が
足場をささえ。
これから五年、十年、五十年。それを気強く負けの一手だ。
お話半ばで
眠くなったおれに、
ねんねしなければウサギさんが勝つね。かなしい眼付きで、
孫むすめは言う。
伊藤信吉
「上州」所収
1976
少年の日読んだ「家なき子」の物語の結びは、こういう言葉で終っている。
──前へ。
僕はこの言葉が好きだ。
物語は終っても、僕らの人生は終らない。
僕らの人生の不幸は終りがない。
希望を失わず、つねに前へ進んでいく、物語のなかの少年ルミよ。
僕はあの健気なルミが好きだ。
辛いこと、厭なこと、哀しいことに、出会うたび、
僕は弱い自分を励ます。
──前へ。
大木実
「冬の支度」所収
1971
雨があがって
雲間から
乾麺みたいに真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田圃の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
―――おーい、君の家が虹の中にあるぞオ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが――。
吉野弘
「北入曽」所収
1977
ジーンズの、ゆるいスカートに
おなかのふくらみを包んで
おかっぱ頭の若い女のひとが読んでいる
白い表紙の大きな本。
電車の中
私の前の座席に腰を下ろして。
白い表紙は
本のカバーの裏返し。
やがて
彼女はまどろみ
手から離れた本は
開かれたまま、膝の上。
さかさに見える絵は
出産育児の手引。
母親になる準備を
彼女に急がせているのは
おなかのなかの小さな命令──愛らしい威嚇
彼女は、その声に従う。
声の望みを理解するための知識をむさぼる。
おそらく
それまでのどんな試験のときよりも
真摯な集中
疲れているらしく
彼女はまどろみ
膝の上に開かれた本は
時折、風にめくられている。
吉野弘
「叙景」所収
1979
若い娘が
我が家の鉄の扉を叩き
神についての福音の書を読めという
勇気をふるい、私は素っ気なく答える
買っても読まないでしょうし
折角ですが──
微笑んだ娘のまっすぐな眼差しに会って
私のほうが眼を伏せる
申訳ないが──そう言って私は扉を閉じる
神を、私も知らぬわけではない
神をなつかしんでいるのは
娘さん、君より私のほうだ
けれど、どうして君は
こんな汚辱の世で
美しすぎる神を人に引合わせようというのだ
拒まれながら次々に戸を叩いてゆく
剛直な娘に
なぜか私は、腹立たしさを覚える
私なら
神を信じても
人に、神を信ぜよとは言わない
娘さん
どうして君は、微笑んで
世の中を、人を、まっすぐ見つめるのだ
ここは重い鉄の扉ばかりの団地だ
君は、どの扉へも
神をしのびこませることができなかったろう
君は、眼の前で
次々に閉じられる重い鉄の扉を
黙って見ていなければならなかったろう
娘さん、私は神が必要なのに
私は言った
買っても読まないでしょうと
吉野弘
「感傷旅行」所収
1971