Category archives: 1910 ─ 1919

日の子

    Ⅰ

僕はこれが美しいと一生言へぬかもしれない
愛するものも愛すると言へなくて仕舞ふかもしれない
有難いといふことも有難いと言へなくて仕舞ふかもしれない
それで僕の一生が終るかもしれない

    Ⅱ

ああしかし見えた、見えた
空中のうつくしい光が
あれあれ誕生だ、産聲だ
石も動く
木も物いふ
死顏した月に紅がさして
日になる日になる
目をくりくりさせる
鳥がさへづる
木がものいふ
闇をふき消す
世が新たになる

    Ⅲ

あれあれ
光がふえてゆく、力が増してゆく
ふらふら昇つて
落ちさうで落ちない
日は空中を昇つてゆく
だんだん呼吸をはずまして
勢ひ込んで昇つてゆく

    Ⅳ

ああこの中に吾が愛子よ
ああこの中に吾が愛子よ
お前はまじまじ何を見てゐる
お前はおどおど何を怖がつてゐる
自然はいつでもいちやついてゐる
自然はいつでもとりとめなく生きてゆく
けれども其處にまことの彼があるのだ
それに逆つて泣いててはいけない
泣顏あらはに進んでゆけ
泣きの涙でもよい進んでゆけ
恐怖を歡喜にかへて胸ををどらせろ
深く深く自然を愛しながら進め
ますます勇氣を振ひ起して進め
お前は日の子だ
冬が來ても決していぢけない
科學もいいもので文明もいいものだ
自然はいつでも宏量で
いつでも機嫌よくわけてくれる
自然は人間を可愛がつてゐる
わけ隔てなく誰へも彼れへもわけてくれる
決して自然を僕等が征服するの何のと大きな口をきくな
そんなことをいふから人間は墮落する
自分で自分の舌を噛んでゐる
永い事、永いこと怖い夢を見て暮らしてゐる
悲しくつらい所をたどつてゐる

    Ⅴ

私の愛子よ
日の子の一人よ
人間は皆墮落して
闇い嘆きの根を地におろしてゐる
またそれだけ枝葉を高く茂らしてゐる
しみじみとまがりくねつて生きてゐる
恐しい夢にうなされながら
地獄の鐘をたたいてゐる

    Ⅵ

それだけ闇を吹消す愛がいるのだ
それだけ愛の清水が涌かねばならない
闇の業火を淨めなければならない
はやく出れば出る程よく
はやく迸れば迸る程よい
強く光つていやな光を吹消すのだ
お前の力でお前の生命から
強く烈しい白光を放すのだ

    Ⅶ

それがライフの力だ
お前の愛の力だ
どこまで行つても果しなく光れ
世界は決して闇くない
ただ人々の光が足りないのだ
お前は日の子だ
自然兒だ
また文明兒だ
自然が血をわけて育てたいとし子だ
かくし子だ
自然を愛するものに
自然はどこまでも力をくれる
味つても味ひきれない程
深い生命をくれる
まことの力を感じ
まことの涙をながし
まことの底に突き當り
まことの生命に生きろ
そのほかお前に何も言ふことはない
沈默だ

福士幸次郎
太陽の子」所収
1914

地を掘る人達に

地を掘る君等
重い大きい鶴嘴を地面のなかに打込む君等、
汗する君等、
満身の力を一本の鶴嘴に籠める君等、
おお君等の足下に何と地面が掘り下げられてゆくよ。

君の一枚の襯衣は汗にまみれている、
君の頭髪はべったりと額に垂れている、
しかし君の雙腕には血に充ちた力瘤の隆起がある、
君の眼は鋭く、そして不断に愛に燃えている――まことに君等ほど純粋の友情に生きるものはない、
君等ほど愛に飢え、愛に充されているものはない、
あらゆるものが君等の掌のなかに真実の感動と歓びを経験する、
君等の胸には熱した血とゆたかな逞しい骨肉とが豊饒な土地のようにひろがっている、
君等の胸はあらゆるものに開かれている、
君等の胸はあらゆる健全な女性のものを受けることが出来る、
君等の力は何者をも貫き通す、
何者にも打勝ち、何者をも怖れない。

地を掘る君等、
君等の鶴嘴は鉄でつくられている、
君等の鶴嘴はどんなものでも粉砕しつくすだろう、
あらゆる偶像、あらゆる根柢なき信仰を打破るだろう、
あらゆる君等の行手の障害を突き破るだろう、
君等は何人にも使役されず、また何人にも犯されない、
君等は個人である、そして君等は一緒である、
君達の力が君達を活かす、
君達の自由と、君達の権利と、君達の平等の愛のために奮闘せよ。

地を掘れ君達!
地を掘れ君達!
地面は君達の前に宏大だ、
君達の下に無限だ、
君達の鶴嘴が君達を光の方に導くだろう、
未来の国の方に導くだろう、
「実現」の方に導くだろう、
地を掘れ君達、
やがて君達は掘りゆく土地の底から君達の太陽を見出すだろう、
真実の光は君達を待っている、
君達の鶴嘴がその暗い戸を打毀す時を待っている、
光は君達を待っている、
光は君達を思慕している。

百田宗治
「ぬかるみの街道」所収
1918

秋の終わり

君はいつも無口のつぐみどり
わかきそなたはつぐみどり
われひとりのみに
もの思はせて
いまごろはやすみいりしか
夜夜冷えまさり啼くむしは
わが身のあたり水を噴く
ああ その水さへも凍りて
ふたつに割れし石の音
あをあをと磧のあなたに起る
幾日逢はぬかしらねど
なんといふ恋ひしさぞ

室生犀星
抒情小曲集」所収
1918

父上のおん手の詩

そうだ
父の手は手といふよりも寧ろ大きな馬鋤だ
合掌することもなければ
無論他人のものを盜掠めることも知らない手
生れたままの百姓の手
まるで地べたの中からでも掘りだした木の根つこのやうな手だ
人間のこれがまことの手であるか
ひとは自分の父を馬鹿だといふ
ひとは自分の父を聖人だといふ
なんでもいい
唯その父の手をおもふと自分の胸は一ぱいになる
その手をみると自分はなみだで洗ひたくなる
然しその手は自分を力強くする
この手が母を抱擁めたのだ
そこから自分はでてきたのだ
此處からは遠い遠い山の麓のふるさとに
いまもその手は骨と皮ばかりになつて
猶もこの寒天の痩せた畑地を耕作してゐる
ああ自分は何にも言はない
自分はその土だらけの手をとつて押し戴き
此處ではるかにその手に熱い接吻をしてゐる

山村暮鳥
風は草木にささやいた」所収
1918

もみじ

秋の夕日に 照る山紅葉
濃いも薄いも 数ある中に
松をいろどる 楓や蔦は
山のふもとの 裾模様

渓の流れに 散り浮く紅葉
波に揺られて 離れて寄って
赤や黄色の 色さまざまに
水の上にも 織る錦

高野辰之
尋常小学唱歌として発表
1911

青空に

青空に
魚ら泳げり。

わがためいきを
しみじみと
魚ら泳げり。

魚の鰭
ひかりを放ち

ここかしこ
さだめなく
あまた泳げり。

青空に
魚ら泳げり。

その魚ら
心をもてり。

山村暮鳥
聖三稜玻璃」所収
1915

犀川

うつくしき川は流れたり
そのほとりに我は住みぬ
春は春、なつはなつの
花つける堤に座りて
こまやけき本のなさけと愛とを知りぬ
いまもその川ながれ
美しき微風ととも
蒼き波たたへたり

室生犀星
抒情小曲集」所収
1918

人に

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

花よりさきに実のなるやうな
種子よりさきに芽の出るやうな
夏から春のすぐ来るやうな
そんな理窟に合はない不自然を
どうかしないでゐて下さい
型のやうな旦那さまと
まるい字をかくそのあなたと
かう考へてさへなぜか私は泣かれます
小鳥のやうに臆病で
大風のやうにわがままな
あなたがお嫁にゆくなんて

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

なぜさうたやすく
さあ何といひませう――まあ言はば
その身を売る気になれるんでせう
あなたはその身を売るんです
一人の世界から
万人の世界へ
そして男に負けて
無意味に負けて
ああ何といふ醜悪事でせう
まるでさう
チシアンの画いた絵が
鶴巻町へ買物に出るのです
私は淋しい かなしい
何といふ気はないけれど
ちやうどあなたの下すつた
あのグロキシニヤの
大きな花の腐つてゆくのを見る様な
私を棄てて腐つてゆくのを見る様な
空を旅してゆく鳥の
ゆくへをぢつとみてゐる様な
浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ
はかない 淋しい 焼けつく様な
――それでも恋とはちがひます
サンタマリア
ちがひます ちがひます
何がどうとはもとより知らねど
いやなんです
あなたのいつてしまふのが――
おまけにお嫁にゆくなんて
よその男のこころのままになるなんて

高村光太郎
智恵子抄」所収
1912

幸福

幸福は
鳥のやうに飛ぶ。
自分の内から羽を生やして飛んで居る。
それをとらへよ。
空中にそれをとらへよ。
暖にそれをとらへよ。
手の内でも啼くやうに。
幸福はとらへるのが難しい
とらへても手の中で暖みを失ひ
だんだん啼かなくなつて死んでしまふ。

幸福は追ふな、とらへようとするな
そのまゝにしておけ。
人間の冷たい手をそれに觸れるな。
人間の息をそれに當てるな、
清淨な空氣にそれを離してやれ。
それを追ふな。
遠く消えて行つても心配するな、

幸福のみは
神の手にあれ、
生き暖き神の手にあれ
よみがへし給ふは神の息のみ
清淨な風と火の業にあれ。

千家元麿
自分は見た」所収
1918

Suppose An Eyes

Suppose it is within a gate which open is open at the hour of closing summer that is to say it is so.

All the seats are needing blackening. A white dress is in sign. A soldier a real soldier has a worn lace a worn lace of different sizes that is to say if he can read, if he can read he is a size to show shutting up twenty-four.
Go red go red, laugh white.

Suppose a collapse in rubbed purr, in rubbed purr get.

Little sales ladies little sales ladies little saddles of mutton.

Little sales of leather and such beautiful beautiful, beautiful beautiful.

 

Gertrude Stein

From “Tender Buttons”

1914