Category archives: 1910 ─ 1919

森のうへの坊さん

坊さんがきたな、

くさいろのちいさなかごをさげて。

鳥のやうにとんできた。

ほんとに、まるで鴉のやうな坊さんだ、

なんかの前じらせをもつてくるやうな、ぞつとする坊さんだ。

わらつてゐるよ。

あのうすいくちびるのさきが、

わたしの心臓へささるやうな気がする。

坊さんは飛んでいつた。

をんなはだかをならべたやうな

ばかにしろくみえる森のうへに、

ひとひらの紙のやうに坊さんはとんでいつた。

 

大手拓次

藍色の蟇」所収

1912

何処へ

己が売つて了つた田の中で

水鶏が鳴いてゐる

己は悲しくなつて田の方を見ないで通つて来た

 

元己が家の畑の中に

青々と麦が育つてゐる

己は悲しくなつて畑の方を見ないで通つて来た

 

己が借金の為にとられた杉山が

真黒になつて茂つてゐる

己は悲しくなつて山の方を見ないで通つて来た

 

己は悲しくなつてもうこの村には居られない

己は何処へ行かう

何故己は死ねずに

この村に居るだらう

 

野口雨情

都会と田園」所収 連作詩「己の家」より

1919

 

小さい家庭

僕はいま小さい家庭をつくりかけてゐる

まるで小鳥の巣に似たやうなものを

自分は毎日

二つの心を持ち合って

一枚のまづしい蓆を編むやうに

たてとよことの糸をよりあわせてゐる

自分はこの小さい家庭を愛する

この小さい家庭にまだ幸福は来てゐない

平安が宿つてゐない

秩序がない

けれども生命に充ちてゐる

 

温かい日常の心はうるはしく澄んでゐる

自分をそこなふものとは戦ふ

自分を愛しないものには愛させるやうにする

いやな世界とも戦ふ

真実でないものとも戦ふ

 

自分のこの小さく優しい犠牲の精神は

自分にとつて永い味方であり

自分を鎧ふべききびしい味方だ

土を掘るやうな新しさと胸打つ鼓動を感じ合ひながら

少しづつ築き上げ

また盛り上げてゐる

 

暁明がくるとともに

ぱちぱち燃える薪の音がする

空では星がきえ始める

僕は起き出てそれに従ふ

この世の愉快なくるしいどよみに従ふ

 

机の上には塵も見えない

書物はみな一つ一つに呼吸をして

あついペエジの羽ばたきをやる

妻は木綿の朝のきものをきて

もう猛り立つ犬と庭で遊んでゐる

僕もその仲間にはいる

犬は高く高く吠え猛つて

朝の挨拶をする

僕らもする

 

室生犀星

「第二愛の詩集」所収

1919

蛙の死

蛙が殺された、

子供がまるくなって手をあげた、

みんないつしよに、

かはゆらしい、

血だらけの手をあげた、

月が出た、

丘の上に人が立つてゐる。

帽子の下に顔がある。

 

萩原朔太郎

月に吠える」所収

1917

風景 純銀もざいく

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

かすかなるむぎぶえ

いちめんのなのはな

 

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

ひばりのおしやべり

いちめんのなのはな

 

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

いちめんのなのはな

やめるはひるのつき

いちめんのなのはな。

 

山村暮鳥

聖三稜玻璃」所収

1915