坊さんがきたな、
くさいろのちいさなかごをさげて。
鳥のやうにとんできた。
ほんとに、まるで鴉のやうな坊さんだ、
なんかの前じらせをもつてくるやうな、ぞつとする坊さんだ。
わらつてゐるよ。
あのうすいくちびるのさきが、
わたしの心臓へささるやうな気がする。
坊さんは飛んでいつた。
をんなはだかをならべたやうな
ばかにしろくみえる森のうへに、
ひとひらの紙のやうに坊さんはとんでいつた。
大手拓次
「藍色の蟇」所収
1912
僕はいま小さい家庭をつくりかけてゐる
まるで小鳥の巣に似たやうなものを
自分は毎日
二つの心を持ち合って
一枚のまづしい蓆を編むやうに
たてとよことの糸をよりあわせてゐる
自分はこの小さい家庭を愛する
この小さい家庭にまだ幸福は来てゐない
平安が宿つてゐない
秩序がない
けれども生命に充ちてゐる
温かい日常の心はうるはしく澄んでゐる
自分をそこなふものとは戦ふ
自分を愛しないものには愛させるやうにする
いやな世界とも戦ふ
真実でないものとも戦ふ
自分のこの小さく優しい犠牲の精神は
自分にとつて永い味方であり
自分を鎧ふべききびしい味方だ
土を掘るやうな新しさと胸打つ鼓動を感じ合ひながら
少しづつ築き上げ
また盛り上げてゐる
暁明がくるとともに
ぱちぱち燃える薪の音がする
空では星がきえ始める
僕は起き出てそれに従ふ
この世の愉快なくるしいどよみに従ふ
机の上には塵も見えない
書物はみな一つ一つに呼吸をして
あついペエジの羽ばたきをやる
妻は木綿の朝のきものをきて
もう猛り立つ犬と庭で遊んでゐる
僕もその仲間にはいる
犬は高く高く吠え猛つて
朝の挨拶をする
僕らもする
室生犀星
「第二愛の詩集」所収
1919
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。
山村暮鳥
「聖三稜玻璃」所収
1915