小さい家庭

僕はいま小さい家庭をつくりかけてゐる

まるで小鳥の巣に似たやうなものを

自分は毎日

二つの心を持ち合って

一枚のまづしい蓆を編むやうに

たてとよことの糸をよりあわせてゐる

自分はこの小さい家庭を愛する

この小さい家庭にまだ幸福は来てゐない

平安が宿つてゐない

秩序がない

けれども生命に充ちてゐる

 

温かい日常の心はうるはしく澄んでゐる

自分をそこなふものとは戦ふ

自分を愛しないものには愛させるやうにする

いやな世界とも戦ふ

真実でないものとも戦ふ

 

自分のこの小さく優しい犠牲の精神は

自分にとつて永い味方であり

自分を鎧ふべききびしい味方だ

土を掘るやうな新しさと胸打つ鼓動を感じ合ひながら

少しづつ築き上げ

また盛り上げてゐる

 

暁明がくるとともに

ぱちぱち燃える薪の音がする

空では星がきえ始める

僕は起き出てそれに従ふ

この世の愉快なくるしいどよみに従ふ

 

机の上には塵も見えない

書物はみな一つ一つに呼吸をして

あついペエジの羽ばたきをやる

妻は木綿の朝のきものをきて

もう猛り立つ犬と庭で遊んでゐる

僕もその仲間にはいる

犬は高く高く吠え猛つて

朝の挨拶をする

僕らもする

 

室生犀星

「第二愛の詩集」所収

1919

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