Category archives: Chronology

おきく

くろかみながく
    やはらかき
をんなごころを
    たれかしる

をとこのかたる
    ことのはを
まこととおもふ
    ことなかれ

をとめごころの
    あさくのみ
いひもつたふる
    をかしさや

みだれてながき
    鬢の毛を
黄楊の小櫛に
    かきあげよ

あゝ月ぐさの
    きえぬべき
こひもするとは
    たがことば

こひて死なんと
    よみいでし
あつきなさけは
    誰がうたぞ

みちのためには
    ちをながし
くにには死ぬる
    をとこあり

治兵衛はいづれ
    恋か名か
忠兵衛も名の
    ために果つ

あゝむかしより
    こひ死にし
をとこのありと
    しるや君

をんなごころは
    いやさらに
ふかきなさけの
    こもるかな

小春はこひに
    ちをながし
梅川こひの
    ために死ぬ

お七はこひの
    ために焼け
高尾はこひの
    ために果つ

かなしからずや
    清姫は
蛇となれるも
    こひゆゑに

やさしからずや
    佐容姫は
石となれるも
    こひゆゑに

をとこのこひの
    たはぶれは
たびにすてゆく
    なさけのみ

こひするなかれ
    をとめごよ
かなしむなかれ
    わがともよ

こひするときと
    かなしみと
いづれかながき
    いづれみじかき

島崎藤村
若菜集」所収
1897

塩の道

ショッペナシ。
こいつは幼な馴染の叱られ文句だ。

詰らぬ。
意味なし。
余計ごと。
などに通じる批判的訛語といったところだ。

そしてショッペエは塩っぱい。
ショッペナシは塩っ気なし。つまりは味っ気なしの手応え無しだ。

田舎で馴らしたおれの喰べもんは
塩をぶちこめ。
醤油をかけろ。
辛口ミソを存分に。

塩原多助という江戸講談のまじめ人間はいたが
おれの生国に塩の地名はない。
塩の運び路もない。
それに代って
塩っ辛く
舌にこびりついてるショッペエ味覚だ。

そういう風土に味つけされたおれの家内に
医師は言う。
絶対塩分を摂らぬこと。
高血圧に
塩は禁物。
三ヵ月もすれば薄味もおいしい。

そうではあろうが
おれは嫌だ。
これまでつづいたショッペエ家系を。
胃の腑につづく塩の道を。
何でいまさらショッペナシ。ショッペエ暮らしが忘れられるか。

伊藤信吉
「上州」所収
1976

みえない手紙

どこにいますか
おげんきですか
背すじのばして歩いてますか
わらう日々を すごしていますか
ときどき泣いたりしてますか
ちょっとスネたりもしてますか

どこにいますか
おげんきですか
話につまると空を見あげて
きっかけをさがそうとしましたね
あの日 あなたもわたしも
いっしょうけんめいでした

どこにいますか
おげんきですか
わたしは なんとかやっています
ときどき ふっとたちどまり
あなたを探す自分に気がつき
しらぬまに急ぎ足になります

どこにいますか
おげんきですか
あなたとわたしを へだててしまう
かぞえきれない春夏秋冬
みえないあなたに きりもなく
みえない手紙を書いてます

どこにいますか
おげんきですか

追伸=きょうはいい天気です

工藤直子
じぶんのための子守歌」所収
2013

この世の不思議に ── A Love Song

われらふたり
この世の不思議を生きている

われらふたり
この世の不思議を感じあう

われらふたり
この世の不思議を語りあう

われらふたり
この世の不思議を不思議がる

われらふたり
この世の不思議に目覚めている

われらふたり
この世の不思議に慄えはじめる

われらふたり
この世の不思議に觸れる

われらふたり
この世の不思議を抱きしめる

われらふたり
この世の不思議におぼれはじめる

われらふたり
この世の不思議に流されてゆく

われらふたり
この世の不思議に揺すられ

われらふたり
この世の不思議のなかで眠りにはいる

加島祥造
帰谷」所収
2003

朝の歌

 雨戸をあけると、待ちかねていた箱のカナリヤが動きまわつた。縁側に朝の日がさし、それが露に濡れた青い菜つぱと小鳥の黄色い胸毛に透きとほり、箱の底に敷いてやる新聞紙も清潔だつた。さうして妻は清々しい朝の姿をうち眺めてゐた。
 いつからともなくカナリヤは死に絶えたし、妻は病んで細つて行つたが、それでも病室の雨戸をあけると、やはり朝の歌が縁側にきこえるやうであつた。それから、ある年、妻はこの世をみまかり、私は栖みなれた家を畳んで漂泊の身となつた。けれども朝の目ざめに、たまさかは心を苦しめ、心を弾ます一つのイメージが まだすぐそこに残つてゐるやうに思えてならないのだつた。

原民喜
原民喜詩集」所収
1951

詩の俳優

ああ、私をして
この有頂天から突き落せよ、
私は詩の俳優なんだ
演技がまづけりや笑つてくれ給へ。
私はこれから気取るのだ、
私は女のやうに半襟を選むんだ、
私は自分の部屋での
苦しみで不足して
のこのこ舞台の上にまで呻きにゆくんだ。
この恥さらしのために
誰がカッサイをしてくれるか、
私は誰をひきつけることができるか、
君は立派だ、
君は男らしいわが友よ、
貴方は美しい、
貴方は女らしい、わが恋人よ、
私の俳優にとつて
なんと豊富な観客の数だらう、
私にかつさいをするもののために
私は狂気になりさうだ。
私に焼けた鉄の棒を呑ましてくれよ、
民衆よ、わが馭者よ、
私をブッ倒らせるほど
つかひまくれ、
私のグループは
すでに手順が揃つた、
彼は幕引き
慎重なる態度で
私が真実に
涙をながした瞬間に幕をひいてくれる、
某は銅鑼たたき、
なんと情熱的なる狂ひタタキよ、
某々は衣裳掛り、
私に紗のウスモノを着せたり
鉄のヨロヒを着せたり忙がしい、
猛る観客のために
舞台には奔馬をひきだす、
血を欲する観客のために
私はほんとうに血を流してみせねばならぬ、
観客よ、
私にほんとうに死ねといふのか、
――あいつは変な存在だし
  足手まといな三文役者だ、
  とつとと血を流せ
と君は言ふのか、
まてしばし
わが友よ、民衆よ、
私の詩人にいま暫らく
生き永らへさせよ、
私をして焔のセリフを
舞台から吐かせろ――。
いまや私は決闘の時間だ、
私に悠々閑々たる
たたかひの時間を与へよ、
いまや私は食事の時間だ、
舞台の上のレストランだ、
ビールはほんものだし、
ブクブク泡の立つた奴だ、
私はこいつをグイとひつかけて
幾分酔ふ、
滑稽なコロッケに
憂鬱なソースをかけて喰ふ
私の演技の
こまかいところを買つてくれよ。

小熊秀雄
小熊秀雄詩集」所収
1935

おれの食道に

おれの食道に
ガンをうえつけたやつは誰だ
おれをこの世にうえつけたやつ
父なる男とおれは会ったことがない
死んだおやじとおれは遂にこの世で会わずじまいだった
そんなおれだからガンをうえつけたやつがおれに分らないのも当然か
きっと誰かおれの敵の仕業にちがいない
最大の敵だ その敵は誰だ

おれは一生の間おれ自身をおれの敵としてきた
おれはおれにとってもっとも憎むべき敵であり
もっとも戦うに値する敵であり
常に攻撃しつづけていたい敵であり
いくらやっつけてもやっつけきれない敵であった
倒しても倒しても刃向ってくる敵でもあった
その最大の敵がおれに最後の復讐をこころみるべく
おれにガンをうえつけたのか

おれがおれを敵として攻撃しつづけたのは
敵としてのおれがおれにとって一番攻撃しやすい敵だったからだ
どんな敵よりも攻撃するのに便利な敵だった
おれにはもっともいじめやすい敵であった
手ごたえがありしかも弱い敵だった
弱いくせに決して降参しない敵だった
どんなに打ちのめしても立ち直ってくるのはおれの敵がおれ自身だったからだ
チェーホフにとって彼の血が彼の敵だったように

アントン・チェーホフの内部に流れている祖先の農奴の血を彼は呪った
鞭でいくらぶちのめされても反抗することをしない
反抗を知らない卑屈な農奴の血から
チェーホフは一生をかけてのがれたいと書いた
おれもおれの血からのがれたかった
おれの度しがたい兇暴は卑屈の裏がえしなのだった
おれはおれ自身からのがれたかった
おれがおれを敵としたのはそのためだった

おれは今ガンに倒れ無念やる方ない
しかも意外に安らかな心なのはあきらめではない
おれはもう充分戦ってきた
内部の敵たるおれ自身と戦うとともに
外部の敵ともぞんぶんに戦ってきた
だから今おれはもう戦い疲れたというのではない
おれはこの人生を精一杯生きてきた
おれの心のやすらぎは生きるのにあきたからではない

兇暴だったにせよ だから愚かだったにもせよ
一所懸命に生きてきたおれを
今はそのまま静かに認めてやりたいのだ
あるがままのおれを黙って受け入れたいのだ
あわれみではなく充分にぞんぶんに生きてきたのだと思う
それにもっと早く気づくべきだったが
気づくにはやはり今日までの時間が
あるいは今日の絶体絶命が必要だったのだ

敵のおれはほんとはおれの味方だったのだと
あるいはおれの敵をおれの味方にすべきだったと
今さらここで悔いるのでない
おれ自身を絶えず敵としてきたための
おれの人生のこの充実だったとも思う
充実感が今おれに自己肯定を与える
おれはおれと戦いながらもそのおれとして生きるほかはなかったのだ
すなわちこのおれはおれとして死ぬほかはない

庭の樹木を見よ 松は松
桜は桜であるようにおれはおれなのだ
おれはおれ以外の者として生きられはしなかったのだ
おれなりに生きてきたおれは
樹木に自己嫌悪はないように
おれとしておれなりに死んで行くことに満足する
おれはおれに言おう おまえはおまえとしてしっかりよく生きてきた
安らかにおまえは眼をつぶるがいい

高見順
死の淵より」所収
1966

自分が机に向っていると
こんなことを囁く奴がいる
「お前は何時までも生きるつもりでいるのだね、何時までも」

「いいえ」と自分は云った、
「それでも五十までは生きる心算だろう」
とそいつは云った。

「さあ」と自分は云った、
そうして少し不安になった。
「生きられませんか」自分は小声で聞いた。

「さあ」とそいつは笑を帯びて云った
そうして何処かへ行ってしまった。

武者小路実篤
武者小路実篤詩集」所収
1953

理由

おれの理由は
おれには見えぬ
おれの涙が
見えないように
見ようとしても
眼がくもるだけだ
涙はおれに
物質だすくなくとも。
見ようとすれば
それだけ見えぬもの
そこへ一挙に
理由が集中する

石原吉郎
「満月をしも」所収
1978

夜の葦

いちばん早い星が 空にかがやき出す刹那は どんなふうだらう
それを 誰れが どこで 見てゐたのだらう

とほい湿地のはうから 闇のなかをとほつて 葦の葉ずれの音がきこえてくる
そして いまわたしが仰見るのは揺れさだまつた星の宿りだ

最初の星がかがやき出す刹那を 見守つてゐたひとは
いつのまにか地を覆うた 六月の夜の闇の余りの深さに 驚いて
あたりを透かし 見まはしたことだらう

そして あの真暗な湿地の葦は その時 きつとその人の耳へと
とほく鳴りはじめたのだ

伊東静雄
「夏花」所収
1940