塩の道

ショッペナシ。
こいつは幼な馴染の叱られ文句だ。

詰らぬ。
意味なし。
余計ごと。
などに通じる批判的訛語といったところだ。

そしてショッペエは塩っぱい。
ショッペナシは塩っ気なし。つまりは味っ気なしの手応え無しだ。

田舎で馴らしたおれの喰べもんは
塩をぶちこめ。
醤油をかけろ。
辛口ミソを存分に。

塩原多助という江戸講談のまじめ人間はいたが
おれの生国に塩の地名はない。
塩の運び路もない。
それに代って
塩っ辛く
舌にこびりついてるショッペエ味覚だ。

そういう風土に味つけされたおれの家内に
医師は言う。
絶対塩分を摂らぬこと。
高血圧に
塩は禁物。
三ヵ月もすれば薄味もおいしい。

そうではあろうが
おれは嫌だ。
これまでつづいたショッペエ家系を。
胃の腑につづく塩の道を。
何でいまさらショッペナシ。ショッペエ暮らしが忘れられるか。

伊藤信吉
「上州」所収
1976

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