薔薇は咲いたら枯れるだけ

地下鉄は、都市の深奥を貫いて往く。

おれはドアのガラス越しに、

なにか、きらめくのを視た。

星屑のようなそれは、

闇のなかにいくつも視えた。

瞳だ、

下車すべき駅を喪失した、

乗車すべき駅を喪失した、たくさんの瞳、

濡れてこちらを視ているのだ。

おれはレールの軌道のうえ、

はしる列車の振動のうえ、

瞳は薄闇のなかで、呼んでいる、

ちかちかと瞬いて、

呼んでいる、呼んでいる、・・・・・・。

カーブを曲がると、プラットフォーム、

人びとの流れに身を任せ、

あかるい雑踏に佇むおれの、

胸に一輪、薔薇が枯れて散ってゆく。

 

季節は萌えず修辞され、

書きかえられない思い出を、

うつくしく飾るために造られる。

都市はいつも隠している。

鉄骨をご覧、アスファルトの舗道をご覧、

おまえのライトで照らしてご覧、

生白い足や、もの言わぬ唇、焼け焦げの痕、・・・・。

おれの、否、おれたちの足もとでくすぶっている、

にがい煙草の煙のようなもの、

おれたちが去れば、

ぬるい夜に消えてゆくだろう。

道路脇に手向けられている、

薔薇の花束が、視えるか。

死人に薔薇など似合わぬと、

おまえは暗く微笑んだ。

 

 渦のような夢のなかで、おれはきみの名を呼んだ。

 赤い赤いワンピース、

 きみはなにか、巨きな影のようなものに包まれて、

 おれに言葉を呉れない。

 黒光りするまなざしが、

 おれを知らない、と、語った。

 おれはきみの名を呼んだ。

 カーテンを閉ざすように、

 きみは目を瞑り、影と消えた。

 

薔薇の似合うそいつのことを、

おれたちは知っているような気がする。

おれたちは忘れているような気がする。

けれども、薔薇は咲いたら枯れるだけ、

おれたち忘れて歩くだけ。

そして別れて背中を向けて、

都市の街路に散ってゆくだけ。

 

小林坩堝

「でらしね」所収

2013

2 comments on “薔薇は咲いたら枯れるだけ

  1. 「薔薇は咲いたら枯れるだけ」は小林坩堝さんの許可をいただいて掲載しています。
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