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暮春

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、河岸の日のゆふべ、

日の光。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

眼科の窓の磨硝子、しどろもどろの

白楊の温き吐息にくわとばかり、

ものあたたかに、くるほしく、やはく、まぶしく、

蒸し淀む夕日の光。

黄のほめき。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、またも

いづこにか、

なやまし、あはれ、

音も妙に

紅き嘴ある小鳥らのゆるきさへづり。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

はた、大河の饐濁る、河岸のまぢかを

ぎちぎちと病ましげにとろろぎめぐる

灰色黄ばむ小蒸汽の温るく、まぶしく、

またゆるくとろぎ噴く湯気

いま懈ゆく、

また絶えず。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

いま病院の裏庭に、煉瓦のもとに、

白楊のしどろもどろの香のかげに、

窓の硝子に、

まじまじと日向求むる病人は目も悩ましく

見ぞ夢む、暮春の空と、もののねと、

水と、にほひと。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、ただにやはらかに、くらく、まぶしく、

また懈ゆく。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

北原白秋

邪宗門」所収

1908

遺伝

人家は地面にへたばつて

おほきな蜘蛛のやうに眠つてゐる。

さびしいまつ暗な自然の中で

動物は恐れにふるへ

なにかの夢魔におびやかされ

かなしく青ざめて吠えてゐます。

のをあある とをあある やわあ

 

もろこしの葉は風に吹かれて

さわさわと闇に鳴つてる。

お聽き! しづかにして

道路の向うで吠えてゐる

あれは犬の遠吠だよ。

のをあある とをあある やわあ

 

「犬は病んでゐるの? お母あさん。」

「いいえ子供

犬は飢ゑてゐるのです。」

 

遠くの空の微光の方から

ふるへる物象のかげの方から

犬はかれらの敵を眺めた

遺傳の 本能の ふるいふるい記憶のはてに

あはれな先祖のすがたをかんじた。

 

犬のこころは恐れに青ざめ

夜陰の道路にながく吠える。

のをあある とをあある のをあある やわああ

 

「犬は病んでゐるの? お母あさん。」

「いいえ子供

犬は飢ゑてゐるのですよ。」

 

萩原朔太郎

青猫」所収

1923

(げに、かの場末の縁日の夜の

げに、かの場末の縁日の夜の

活動写真の小屋の中に、

青臭きアセチリン瓦斯の漂へる中に、

鋭くも響きわたりし

秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。

ひよろろろと鳴りて消ゆれば、

あたり忽ち暗くなりて、

薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。

やがて、また、ひよろろと鳴れば、

声嗄れし説明者こそ、

西洋の幽霊の如き手つきをして、

くどくどと何事をか語り出でけれ。

我はただ涙ぐまれき。

 

されど、そは三年も前の記憶なり。

 

はてしなき議論の後の疲れたる心を抱き、

同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、

ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、

ゆくりなく、かの呼子の笛が思ひ出されたり。

──ひよろろろと、

また、ひよろろろと──

 

我は、ふと、涙ぐまれぬ。

げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、

今も猶昔のごとし。

 

石川啄木

呼子と口笛」所収

1911

サーカス

幾時代かがありまして

  茶色い戦争ありました

 

幾時代かがありまして

  冬は疾風吹きました

 

幾時代かがありまして

  今夜此処での一と殷盛り

    今夜此処での一と殷盛り

 

サーカス小屋は高い梁

  そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

 

頭倒さに手を垂れて

  汚れ木綿の屋蓋のもと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

それの近くの白い灯が

  安値いリボンと息を吐き

 

観客様はみな鰯

  咽喉が鳴ります牡蠣殻と

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

      屋外は真ッ闇 闇の闇

      夜は劫々と更けまする

      落下傘奴のノスタルジアと

      ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

中原中也

山羊の歌」所収

1934