吾胸の底のここには

吾胸の底のここには

言ひがたき秘密住めり

身をあげて活ける牲とは

君ならで誰かしらまし

 

もしやわれ鳥にありせば

君の住む窓に飛びかひ

羽を振りて昼は終日

深き音に鳴かましものを

 

もしやわれ梭にありせば

君が手の白きにひかれ

春の日の長き思を

その糸に織らましものを

 

もしやわれ草にありせば

野辺に萌え君に踏まれて

かつ靡きかつは微笑み

その足に触れましものを

 

わがなげき衾に溢れ

わがうれひ枕を浸す

朝鳥に目さめぬるより

はや床は濡れてただよふ

 

口唇に言葉ありとも

このこころ何か写さん

ただ熱き胸より胸の

琴にこそ伝ふべきなれ

 

島崎藤村

落梅集」所収

1901

One comment on “吾胸の底のここには

  1. 最初の二行は人間の心全てに共通する思いではないでしょうか。混沌とした時代、コロナと異常気象に苛まれる日々の中で、藤村の言葉が胸の奥底から湧き出てくるのは何故でしょう。言葉が命を持つとき、文学は永遠なのだと思います。今、声に出して藤村の詩を口にしたとき、胸がいっぱいになりました。詩を掲載してくださりありがとうございました。今日は藤村を読む日にします。皆様、お元気で。

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