(げに、かの場末の縁日の夜の

げに、かの場末の縁日の夜の

活動写真の小屋の中に、

青臭きアセチリン瓦斯の漂へる中に、

鋭くも響きわたりし

秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。

ひよろろろと鳴りて消ゆれば、

あたり忽ち暗くなりて、

薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。

やがて、また、ひよろろと鳴れば、

声嗄れし説明者こそ、

西洋の幽霊の如き手つきをして、

くどくどと何事をか語り出でけれ。

我はただ涙ぐまれき。

 

されど、そは三年も前の記憶なり。

 

はてしなき議論の後の疲れたる心を抱き、

同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、

ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、

ゆくりなく、かの呼子の笛が思ひ出されたり。

──ひよろろろと、

また、ひよろろろと──

 

我は、ふと、涙ぐまれぬ。

げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、

今も猶昔のごとし。

 

石川啄木

呼子と口笛」所収

1911

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