わたしはくちびるにべにをぬつて
あたらしい白樺の幹に接吻した。
よしんば私が美男であらうとも
わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない
わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいの匂ひがしない
わたしはしなびきつた薄命男だ
ああなんといふいぢらしい男だ
けふのかぐはしい初夏の野原で
きらきらする木立の中で
手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた
腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた
襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた
かうしてひつそりとしなをつくりながら
わたしは娘たちのするやうに
こころもちくびをかしげて
あたらしい白樺の幹に接吻した。
くちびるにばらいろのべにをぬつて
まつしろの高い樹木にすがりついた。
萩原朔太郎
「月に吠える」所収
1917