Category archives: 1920 ─ 1929

戦争

義眼の中にダイアモンドを入れて貰ったとて、何になろう。苔の生えた肋骨に勲章を懸けたとて、それが何になろう。

腸詰をぶら下げた巨大な頭を粉砕しなければならぬ。腸詰をぶら下げた巨大な頭は粉砕しなければならぬ。
その骨灰を掌の上でタンポポのように吹き飛ばすのは、いつの日であろう。

北川冬彦
「戦争」所収
1929

おかんはたつた一人
峠田のてつぺんで鍬にもたれ
大きな空に
小ちやいからだを
ぴよつくり浮かして
空いつぱいになく雲雀の声を
ぢつと聞いてゐるやろで

里の方で牛がないたら
ぢつと余韻に耳をかたむけてゐるやろで

大きい 美しい
春がまはつてくるたんびに
おかんの年がよるのが
目に見えるやうで かなしい
おかんがみたい

坂本遼
「たんぽぽ」所収
1927

あゝ麗はしい距離、
つねに遠のいてゆく風景……

悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音。

吉田一穂
海の聖母」所収
1926

松の針

  さつきのみぞれをとつてきた
  あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた
      
(ああいい さつぱりした
まるで林のながさ来たよだ)

鳥のやうに栗鼠のやうに
おまへは林をしたつてゐた
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
   
おまへの頬の けれども
   なんといふけふのうつくしさよ
   わたくしは緑のかやのうへにも
   この新鮮な松のえだをおかう
   いまに雫もおちるだらうし
   そら
   さわやかな  
   terpentineの匂もするだらう

宮沢賢治
春と修羅」所収
1922

ふらふらと

たつた一つしかない猿股を
洗つてほしておいたら
ぬすまれた。
仕方はない!
なんにもはかないで
ふらふらと
職をさがしてあるいた。
十月ももう末の頃
秋風が股からひやひやと
ひとへものでは寒かつた。

木山捷平
」所収
1927

寒い夜の自画像

   1

きらびやかでもないけれど、
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域をすぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を、我は嘆かず、
人々の憔懆のみの悲しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を、
わが瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。
蹌踉めくままに静もりを保ち、
聊か儀文めいた心地をもって
われはわが怠惰を諌める、
寒月の下を往きながら、

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、
わが魂の願うことであった!……

   2

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、
おまえの魂がいらいらするので、
そんな歌をうたいだすのだ。
しかもおまえはわがままに
親しい人だと歌ってきかせる。

ああ、それは不可ないことだ!
降りくる悲しみを少しもうけとめないで、
安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣し
自分を売る店を探して走り廻るとは、
なんと悲しく悲しいことだ……
   
   3

神よ私をお憐れみ下さい!

 私は弱いので、
 悲しみに出遇うごとに自分が支えきれずに、
 生活を言葉に換えてしまいます。
 そして堅くなりすぎるか
 自堕落になりすぎるかしなければ、
 自分を保つすべがないような破目になります。

神よ私をお憐れみ下さい!
この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。
ああ神よ、私が先ず、自分自身であれるよう
日光と仕事とをお与え下さい!

中原中也
山羊の歌」所収
1929

毛布

夜半のねざめ寒ければ
父は毛布を買はんと思へり
おのおのに一枚の白き毛布
父は買はんとおもふなり
幼な児にも買ひあたへん
また兄にもと思ひつつ
年は幾年をへたり
星しろくまた今年も寒くなりて
父は白き毛布を買はん
おのおのに一枚づつの白き毛布を
かひあたへんと思ふなり。

中川一政
「見なれざる人」所収
1921

皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿
 倦怠
  額に蚯蚓が這ふ情熱
 白米色のエプロンで
 皿を拭くな
鼻の巣の黒い女
 其処にも諧謔が燻つてゐる
  人生を水に溶かせ
  冷めたシチューの鍋に
 退屈が浮く
  皿を割れ
  皿を割れば
倦怠の響がでる

高橋新吉
ダダイスト新吉の詩」所収
1923

雲の信号

あゝいゝな せいせいするな
風が吹くし
農具はぴかぴか光つてゐるし
山はぼんやり
岩頸だつて岩鐘だつて
みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ
  そのとき雲の信号は
  もう青白い春の
  禁慾のそら高く掲げられてゐた
山はぼんやり
きつと四本杉には
今夜は雁もおりてくる

宮沢賢治
春と修羅」所収
1922

タンカ

雲を喰らい、霞を呑んでいるとでも
大方思っていやがるのだろう
ゴミのような雑誌に
ロハで原稿を書かせやがって
往復ハガキさえよこせば
キット返事をよこすものだと
思っていやがる ヒョットコメ!!
おれは毎日水をガブガブと呑んで
その辺の野原から雑草をひきぬいて
ナマでムシャムシャ食っているのだが
――別段クタバリもしない
一度や二度飯が食えないと
もうふるえあがりやがって
黄色いシナビタ声を張りあげやがって
ナンダカンダと抜かしやがる
スットコドッコイのトンチキ野郎の
ヒョットコメ!!
ガツガツと、物欲しそうなそのツラは
全体なんというざまだ!!
いい気になってつけあがりやがって
やれ、ムサンケイキュウだの
ブルジョアだのと
阿保の一つ覚えみていなよまいごとを
よくあきもせず、性コリもなく
ツベコベツベコベと饒舌りやがる
デクの棒の、アヤツリ人形の
猿真似の、賤民野郎め!!

辻潤
1928