Category archives: 1910 ─ 1919

友におくる詩

何も言うことはありません

よく生きなさい

つよく

つよく

そして働くことです

石工が石を割るように

左官が壁をぬるように

それでいい

手や足をうごかしなさい

しっかりと働きなさい

それが人間の美しさです

仕事はあなたにあなたの欲する一切のものを与えましょう

 

山村暮鳥

風は草木にささやいた」所収

1918

 

春が来た

春がきた 春がきた

どこにきた

山にきた 里にきた

野にもきた

 

花がさく 花がさく

どこにさく

山にさく 里にさく

野にもさく

 

鳥がなく 鳥がなく

どこでなく

山でなく 里でなく

野でもなく

 

高野辰之

1910

琵琶湖周航の歌

われは湖の子 さすらいの

旅にしあれば しみじみと

昇る狭霧や さざなみの

志賀の都よ いざさらば

 

松は緑に 砂白き

雄松が里の 乙女子は

赤い椿の 森陰に

はかない恋に 泣くとかや

 

波のまにまに 漂えば

赤い泊火懐かしみ

行方定めぬ 波枕

今日は今津か 長浜か

 

瑠璃の花園 珊瑚の宮

古い伝えの 竹生島

仏の御手に 抱かれて

眠れ乙女子 やすらけく

 

矢の根は深く 埋もれて

夏草しげき 堀のあと

古城にひとり 佇めば

比良も伊吹も 夢のごと

 

西国十番 長命寺

汚れの現世 遠く去りて

黄金の波に いざ漕がん

語れ我が友 熱き心

 

小口太郎

1917

ゴンドラの唄

いのち短し恋せよ乙女

朱き唇褪せぬ間に

熱き血潮の冷えぬ間に

明日の月日のないものを

 

いのち短し恋せよ乙女

いざ手を取りてかの舟に

いざ燃ゆる頬を君が頬に

ここには誰も来ぬものを

 

いのち短し恋せよ乙女

黒髪の色褪せぬ間に

心の炎消えぬ間に

今日は再び来ぬものを

 

吉井勇

1915

走る走る走る

走る走る走る

黄金の小僧ただ一人

入日の中を走る、走る走る

ぴかぴかとくらくらと

入日の中へとぶ様に走る走る

走れ小僧

金の小僧

走る走る走る

走れ金の小僧

 

村山槐多

槐多の歌へる」所収

1919

小景異情

その一

 

白魚はさびしや

そのくろき瞳はなんといふ

なんといふしほらしさぞよ

そとにひるをしたたむる

わがよそよそしさと

かなしさと

ききともなやな雀しば啼けり

 

その二

 

ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの

よしや

うらぶれて異土の乞食となるとても

帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに

ふるさとおもひ涙ぐむ

そのこころもて

遠きみやこにかへらばや

遠きみやこにかへらばや

 

その3

 

銀の時計をうしなへる

こころかなしや

ちよろちよろ川の橋の上

橋にもたれて泣いてをり

 

その四

 

わが霊のなかより

緑もえいで

なにごとしなけれど

懺悔の涙せきあぐる

しづかに土を掘りいでて

ざんげの涙せきあぐる

 

その五

 

なににこがれて書くうたぞ

一時にひらくうめすもも

すももの蒼さ身にあびて

田舎暮しのやすらかさ

けふも母ぢやに叱られて

すもものしたに身をよせぬ

 

その六

 

あんずよ

花着け

地ぞ早やに輝やけ

あんずよ花着け

あんずよ燃えよ

ああ あんずよ花着け

 

室生犀星

叙情小曲集」所収

1918

光る地面に竹が生え、

青竹が生え、

地下には竹の根が生え、

根がしだいにほそらみ、

根の先より繊毛が生え、

かすかにけぶる繊毛が生え、

かすかにふるえ。

 

かたき地面に竹が生え、

地上にするどく竹が生え、

まっしぐらに竹が生え、

凍れる節節りんりんと、

青空のもとに竹が生え、

竹、竹、竹が生え。

 

萩原朔太郎

月に吠える」所収

1917

道程

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちにさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため

 

高村光太郎

道程」所収

1914

小景

冬が来た

夜は冷える

けれども星は毎晩キラキラ輝く

赤ん坊にしっこをさせるお母さんが

戸を明ければ

爽やかに冷たい空気が

サッと家の内に流れこみ

海の上で眼がさめたよう

大洋のような夜の上には

星がキラキラ

赤ん坊はぬくとい

股引のままで

円い足を空に向けて

お母さんの腕の上にすっぽりはまって

しっこする。

 

千家元麿

自分は見た」所収

1918

死の遊び

死と私は遊ぶ様になつた

青ざめつ息はづませつ伏しまろびつつ

死と日もすがら遊びくるふ

美しい天の下に

 

私のおもちやは肺臓だ

私が大事にして居ると

死がそれをとり上げた

なかなかかへしてくれない

 

やつとかへしてくれたが

すつかりさけてぼたぼたと血が滴る

憎らしい意地悪な死の仕業

 

それでもまだ死と私はあそぶ

私のおもちやを彼はまたとらうとする

憎らしいが仲よしの死が。

 

村山槐多

槐多の歌へる」所収

1919