すっかり葉の落ちつくした
けやきの枝々の あちらがわが
はっきり視える
いままで視えなかった気づかなかった
いろいろのものが
そこに視える
わたし達の人生も
そうなのだろう
さまざまなもののつながりや
意味が
あきらかに視えてくるのも
きっと 人生の終りになってからなのだろう
大木実
「天の川」所収
1957
すっかり葉の落ちつくした
けやきの枝々の あちらがわが
はっきり視える
いままで視えなかった気づかなかった
いろいろのものが
そこに視える
わたし達の人生も
そうなのだろう
さまざまなもののつながりや
意味が
あきらかに視えてくるのも
きっと 人生の終りになってからなのだろう
大木実
「天の川」所収
1957
ピーマンを小さく角切りにした。
トマトも小さく角切りにした。
マッシュルームを薄切りにした。
チーズも小さくコロコロに切った。
ボウルに四コ、卵を割り入れた。
泡立てないように掻きほぐした。
ピーマンとトマトとマッシュルームとチーズと
生クリームと塩と胡椒をくわえた。
厚手のフライパンにサラダ油を注いだ。
熱して十分になじんでから油をあけた。
それから、バターを落として熱しておいて
時混ぜた卵液を一どに流し込んだ。
中火で手早く掻きまぜた。
六分目くらいに火が通ったら返すのだ。
そのとき、まちがいに気がついた。
きみは二人分のオムレツをつくってしまったのだ。
別れたことは正しいといまも信じている。
ずいぶん考えたすえにそうしたのだ。
だが今朝は、このオムレツを一人で食べねばならない。
正しいということはとてもさびしいことだった。
長田弘
「食卓一期一会」所収
1987
人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。
高村光太郎
「智恵子抄」所収
1937
行きたい所のある人、
行くあてのある人、
行かなければならない所のある人。
それはしあわせです。
たとえ親のお通夜にかけつける人がいたとしても、
旅立つ人、
一枚の切符を手にした人はしあわせです。
明日は新年がくる
という晩、
しあわせは数珠つなぎとなり
冷たい風も吹きぬける東京駅の通路に、
新聞紙など敷き
横になったり 腰をおろしたりして
長い列をつくりました。
この国では、
今よりもっと遠くへ行こうとする人たちが
そうして待たされました。
十時間汽車に乗るためには、
十時間待たなければ座席のとれないことをわきまえ
金を支払い。
でも、
行く所のある人
何かを待ち
何かに待たれる人はとにかくしあわせ。
かじかんだ手の浮浪者が列の隣りへきて、
横になりました。
大勢のそばなので
彼は今夜しあわせ。
ひとりぽっちでない喜び
ああ絶大なこの喜び。
彼は昨日より
明日よりしあわせ。
何という賑やかな夜!
目をほそめて上機嫌の彼。
やがて旅立つ 誰よりもさき
誰よりも上手に寝てしまった 彼。
石垣りん
「表札など」所収
1968
ゴッホが死んだ後、部屋に残されてあった多くの絵を、弟テオはためらいも惜しげもなく、人々に与えてしまったという。反古紙を始末するように、画商の弟が──。
生きているあいだ絵が売れず、
売れない絵を描き続けて、死んだゴッホ。
値うちは、
誰が決める、何が決める、後の日に。
大木実
「蟬」所収
1981
小さな靴が玄関においてある
満二歳になる英子の靴だ
忘れて行ったまま二ヶ月ほどが過ぎていて
英子の足にはもう合わない
子供はそうして次々に
新しい靴にはきかえてゆく
おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に
小さな靴は おいてある
花を飾るより ずっと明るい
高田敏子
「むらさきの花」所収
1976
年寄りは愚にかえる。
愚にかえって
おれは、孫むすめと日本昔話を読む。サル、カニ合戦。カチカチ山。桃太郎の鬼征伐。ウサギとカメの駈けくらべ。
読んでて
眠くなって
こんぐらかって。
おれは好きだ
ウサギのまぬけが。
眠って
ねぼけて
ベソをかけ。
嗜眠性のおれはよく眠る。
バスで、電車で、
待合室で。
飢えで、
たらふくで、
失意で。眠る。
そしておれの生涯は負けの一手だ。
土壇場で。
瀬戸際で。
ふにゃっと潰れる。グウの音も立てぬ腰くだけだ。
負けの一手が
足場をささえ。
これから五年、十年、五十年。それを気強く負けの一手だ。
お話半ばで
眠くなったおれに、
ねんねしなければウサギさんが勝つね。かなしい眼付きで、
孫むすめは言う。
伊藤信吉
「上州」所収
1976
少年の日読んだ「家なき子」の物語の結びは、こういう言葉で終っている。
──前へ。
僕はこの言葉が好きだ。
物語は終っても、僕らの人生は終らない。
僕らの人生の不幸は終りがない。
希望を失わず、つねに前へ進んでいく、物語のなかの少年ルミよ。
僕はあの健気なルミが好きだ。
辛いこと、厭なこと、哀しいことに、出会うたび、
僕は弱い自分を励ます。
──前へ。
大木実
「冬の支度」所収
1971