─ぼくが ぼくでない
そんなこと あるだろうか
このあいだのこと
気がついたら
灰色の 画用紙みたいな
うすべったい空の すみの方に
ひらべったい人間がひとつ
風にあおられながら
たよりなげに つながれていた
よく見たら
それが
ぼくなんだ
だから
ぼくがぼくでないことを
ぼくは初めて知ったんだ
ぼくでないぼくは
やっこだこみたいに
ぴらぴらしていて
へんてこで
かわいそうだ
おまけに
ぼくでないぼくが見る太陽は
にせものの太陽 病んだ太陽
ぼくでないぼくが見る月は
おいぼれの月 やつれた月
ぼくでないぼくが見る景色は
こわれた景色 うばわれた景色
ぼくでないぼくが見ると
ぼくの父はよその人
ぼくの先生は
どこかの国の見知らぬ兵士
友だちはみんなむこうむき
タールを塗った倉庫の中に追いこめられる
帳簿の中には
友だちの点数と人数と等級とが
たんねんに
書きこまれる
やがて 友だちを運搬する列車がやって来て
等級別に行き先をきめられるのだろう
だけど
みんな大好きな友だちなのに
どうして
あんなにとろんとして
くらげみたいに無表情で
葬列みたいにのろのろと
歩くのだろう
傾いたクレーンが
砕けた鉄骨をむりやりつりあげる
溶接の火花が
ばちばちと鬼火のように飛びかう
すると 電子計算機が
たちまち友だちの値段を計算する
でも
これらこわれた景色をこえたもっとむこうに
ほんもののかけがえのない景色があることを
ほんものの頑丈な太陽がかがやくことを
ほんものの健康な月がのぼることを
ぼくは
がまんできないくらい よく知っている
なぜなら
このこわれた景色の中で
ぼくの骨格はかわき
ぼくの皮膚はつめたいけれど
ぼくの皮膚の裏がわの
遠い遠い奥の方では
何かが たえまもなく
やぶれ
くだけ
沸騰し
炸裂しているから
だから
このこわれた景色を
ほんとうの揺るぎない景色に作りかえるために
この
空気なしの 光なしの 季節なしの 景色の中から
また もうひとりの
ぼくでないぼくを
ぼくは見つけだすだろう
その中から
ぼくらみんな
ぼくらでないぼくらを
ぼくらよりも強いぼくらを
ほんとうのぼくらを
見つけだすだろう
杉浦鷹男
「答案」所収
1962
「少年」は著作権者の許諾をいただいた上で掲載しております。
無断転載はご遠慮ください。
この詩を読んで興味を持たれた方は下記のサイトも参照ください。
横浜詩人会議ホームページ
http://keihinsiha.blog.fc2.com/blog-category-34.html
泣いてしまいました。胸の奥をぎゅっと捕まれたような、忘れていた感情が込み上げてきました。