はるかなものに

白い繭を破つて

生れ出た蛾のやうに

俺には

子供の成長が

実に不思議に思はれる

美しいもの──

とも考へる

 

俺は林の中に居を朴した

俺が老いるのは

子供が育つことだ

それにはなんの不思議もない

風が来て

芙蓉の花が揺れる

 

俺は旅で少女と識つた

古いことだ 昔のはなしだ

少女は俺の妻になつた

 

その妻が

今 柱のそばに立つてゐる

子を抱いて 少し口もとで笑つて

 

風が吹く

どのあたりから?

旅の空を はるかなものを

俺はもう忘れてしまつたのか

 

津村信夫

「或る遍歴から」所収

1944

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