停留所にてスヰトンを喫す

わざわざここまで追ひかけて

せっかく君がもって来てくれた

帆立貝入りのスヰトンではあるが

どうもぼくにはかなりな熱があるらしく

この玻璃製の停留所も

なんだか雲のなかのよう

そこでやっぱり雲でもたべてゐるやうなのだ

この田所の人たちが

苗代の前や田植の後や

からだをいためる仕事のときに

薬にたべる種類のもの

きみのおっかさんが

除草と桑の仕事のなかで

幾日も前から心掛けて拵へた

雲の形の膠朧体

それを両手に載せながら

ぼくはただもう青くくらく

かうもはかなくふるへてゐる

きみはぼくの隣に座って

ぼくがかうしてゐる間

じっと電車の発着表を仰いでゐる

あの組合の倉庫のうしろ

川岸の栗や楊も

雲があんまりひかるので

ほとんど黒く見えてゐるし

いままた稲を一株もって

その入口に来た人は

たしかこの前金矢の方でもいっしょになった

きみのいとこにあたる人かと思ふのだが

その顔も手もただ黒く見え

向ふもわらってゐる

ぼくもたしかにわらってゐるけれども

どうも何だかじぶんのことではないやうなのだ

ああ友だちよ

空の雲がたべきれないやうに

きみの好意もたべきれない

ぼくははっきりまなこをひらき

その稲を見てはっきりと云ひ

あとは電車が来る間

しづかにここに倒れよう

ぼくたちの

何人も何人もの先輩がみんなしたやうに

しづかにここへ倒れて待たう

 

宮沢賢治

春と修羅 第三集」所収

1928

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください