たぶん工場通ひの小娘だらう
鼻のしやくれた愛嬌のある顔に
まつ毛の長い大きな眼をひらいて
夕方の静かな町を帰つてゆく
つつましげに
しかし何処かをぢつと見て
群を離れた鳥のやうに
まつすぐに歩いてゆく
気がついてみると少しびつこだ
其がとんとわからないのは
娘の歩き方のうまさ故だ
かすかに肩がゆれて
小さな包を抱へた肘が上る
銀杏返の小娘は光つた眼をして
ひきしまつた口をして
こざつぱりしたなりをして
愛嬌のあるふざけたさうな小娘は
しかし何処かをぢつと見て
緑のしつとり暮れる町の奥へ帰つてゆく
私は微妙な愛着の燃えて来るのを
何もかも小娘にやつてしまひたい気のして来るのを
やさしい祈の心にかへて
しづかに往来を掃いてゐた
高村光太郎
「道程」所収
1914