鍛冶屋のぽかんさん

梨の花が眞白に咲いたのに

今日もまた降る雪交りの雨

濁り水は早口に鍛冶屋の樋へをどり込み

眞裸な柳は手放しで青い若葉をぬらしてゐる

 

此處の息子はぽかんさん

とんてんかんと泣く相鎚に

莓の初熟が喰べたいと

鐵碪臺を叩くとさ

手をあつあつとほてらして叩くとさ

 

ああ、夢ならばさめておくれ

ぽかんさん

此の世の中に多いものは

祕藏息子のやもめ暮らし

時計の針の尖のやうに

氣の狂れやすい生娘暮らし

この年月の寒暑の往來に

私の胸は凋んだ花の皺ばかり

私の胸はとりとまりない時候はづれな食氣ばかり

 

福士幸次郎

太陽の子」所収

1912

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください