耳鳴りの歌

私の耳の中では

ソバカラを鳴らすやうな

少しのしめり気もない乾ききつて

鉄砲をうちあふやうな音がきこえた

私は心で呟やく、あゝ、まだ戦争がつゞいてゐるのだと

とてつもない大きな大砲の音がひびく

ほんとうの戦争よりも激しい

貧困とたゝかふ者もある

そして夜がやつてくると

どしんどしんと窓は何ものかに

叩きつけられて一晩中眠れないのだ

 

やさしい秋の木の葉も見えない

都会の裏街の窓の中の生活

ときをり月が建物の

屋根と屋根との、わずかな空間を

見せてならないものを見せるやうに

しみつたれて光つて走りすぎる

煤煙と痰と埃りの中の人々の生活も

これ以上つづくであらうか

愛といふ言葉も使ひ古された

憎しみといふ言葉も使ひ忘れた

生きてゐるといふことも

死んでゆくといふことも忘れた。

ただ人はゆるやかな雲の下で

はげしく生活し狂ひまはつてゐる。

 

私の詩人だけは

夜、眠る権利をもつてはいけない

不当な幸福を求めてはならないのだ

夜は呪ひ、昼は笑ふのだ

カラカラと鳴るソバカラの

耳鳴りをきゝながら

あゝまだ戦争は野原でも生活の中でも

つづいてゐるのだと思ふ。

そのことは怖れない

人民にとつて「時間」は味方だから

人と時とはすべてを解決するのだらう。

 

小熊秀雄

哀憐詩集」所収

1940

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