玻璃問屋

空気銀緑にしていと冷き

五月の薄暮、ぎやまんの

数数ならぶ横町の玻璃問屋の店先に

 

盲目が来りて笛を吹く、

その笛のとろり、ひやらと鳴りゆけば、

青き玉、水色の玉、珊瑚珠、

管の先より吹き出る水のいろいろ――

 

一瞬の胸より胸の情緒。

 

流れ流れてうち淀む

流れを引いてびいどろの細き口より飛ぶ泡の

車輪まはせば風鈴もりんりんりんと鳴りさわぐ。

われは君ゆゑ胸さわぐ。

 

おどけたる旋律きけど、さはあれど、

雨後の空気のしつとりと、

うち湿りたる五月の暮しがた、

びいどろ簾かけ渡す玻璃問屋の店先に、

 

雲を漏れたる落日の

その一閃の縦笛の銀の一矢が、

ぎやまんの群より目ざめ

ゆらゆらとあえかに立てる玻璃の乙女、

ああ人間のわかき日の唯一瞬のさんちまん

それを照してまた消ゆる影を見るゆゑ、

 

われはそれ故涙する。

君もそれゆゑ涙する。

 

落ちし涙が水盤に小波を立て、

くるくると赤き車ぞうちめぐる。

車は廻れ、波おこれ、

波起すべう風きたれ。

風は来たりてりんりんと風鈴鳴らし、

細君は酸漿鳴らす玻璃問屋の店先に、

 

盲目が来りて笛を吹く。

 

木下杢太郎

木下杢太郎詩集」所収

1930

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