高楼

わかれゆくひとを をしむと こよひより

とほきゆめちに われやまとはん

 

   妹

とほきわかれに たへかねて

このたかどのに のぼるかな

 

かなしむなかれ わがあねよ

たびのころもを とゝのへよ

 

   姉

わかれといへば むかしより

このひとのよの つねなるを

 

ながるゝみづを ながむれば

ゆめはづかしき なみだかな

 

   妹

したへるひとの もとにゆく

きみのうへこそ たのしけれ

 

ふゆやまこえて きみゆかば

なにをひかりの わがみぞや

 

   姉

あゝはなとりの いろにつけ

ねにつけわれを おもへかし

 

けふわかれては いつかまた

あひみるまでの いのちかも

 

   妹

きみがさやけき めのいろも

きみくれなゐの くちびるも

 

きみがみどりの くろかみも

またいつかみん このわかれ

 

   姉

なれがやさしき なぐさめも

なれがたのしき うたごゑも

 

なれがこゝろの ことのねも

またいつきかん このわかれ

 

   妹

きみのゆくべき やまかはは

おつるなみだに みえわかず

 

そでのしぐれの ふゆのひに

きみにおくらん はなもがな

 

   姉

そでにおほへる うるはしき

ながかほばせを あげよかし

 

ながくれなゐの かほばせに

ながるゝなみだ われはぬぐはん

 

島崎藤村

若菜集」所収

1896

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