どこで見たのか知らない、
わたしは遠い旅でそれを見た。
寒ざらしの風が地をドツと吹いて行く。
低い雲は野天を覆つてゐる。
その時火のつく樣な赤ん坊の泣き聲が聞え、
さんばら髮の女が窓から顏を出した。
ああ眼を眞赤に泣きはらしたその形相、
手にぶらさげたその赤兒、
赤兒は寒い風に吹きつけられて、
ひいひい泣く。
女は金切り聲をふりあげて、ぴしやぴしや尻をひつ叩く。
死んでしまへとひつ叩く。
風に露かれて裸の赤兒は、
身も世も消えよとよよと泣く。
雪降り眞中に雪も降らない此の寒國の
見る眼も寒い朝景色、
暗い下界の地に添乳して、
氷の胸をはだけた天、
冬はおどろに荒れ狂ふ。
ああ野中の端の一軒家、
涙も凍るこの寒空に、
風は悲鳴をあげて行く棟の上、
ああこの殘酷はどこから來る、
ああこの殘酷はどこから來る、
またしてもごうと吹く風、
またしてもよよと泣く聲。
福士幸次郎
「展望」所収
1919