春よ春、
街に来てゐる春よ春、
横顔さへもなぜ見せぬ。
春よ春、
うす衣すらもはおらずに
二月の肌を惜しむのか。
早く注せ、
あの大川に紫を、
其処の並木にうすべにを。
春よ春、
そなたの肌のぬくもりを
微風として軒に置け。
その手には
屹度、蜜の香、薔薇の夢、
乳のやうなる雨の糸。
想ふさへ
好しや、そなたの贈り物、
そして恋する赤い時。
春よ春、
おお、横顔をちらと見た。
緑の雪が散りかかる。
与謝野晶子
「晶子詩篇全集」所収
1929