あの女(ひと)は ひとり
わたしに立ち向かってきた
南三陸町役場の 防災マイクから
その声はいまも響いている
わたしはあの女を町ごと呑みこんでしまったが
その声を消すことはできない
”ただいま津波が襲来しています
高台へ避難してください
海岸付近には
絶対に近づかないでください”
わたしに意志はない
時がくれば 大地は動き
海は襲いかかる
ひとつの岩盤が沈みこみ
もうひとつの岩盤を跳ね上げたのだ
人間はわたしをみくびっていた
わたしはあの女の声を聞いている
その声のなかから
いのちが甦るのを感じている
わたしはあの女の身体を呑みこんでしまったが
いまもその声は
わたしの底に響いている
高良留美子
「その声はいまも」所収
2017
「その声はいまも」は高良留美子さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
無断転載はご遠慮ください。