悲しき自伝

裏町にひとりの餓鬼あり、飢ゑ渇くことかぎりなければ、パンのみにては充たされがたし。胃の底にマンホールのごとき異形の穴ありて、ひたすら飢ゑくるしむ。こころみに、綿、砂などもて底ふたがむとせしが、穴あくまでひろし。おに、穴充たさむため百冊の詩書、工学事典、その他ありとあらゆる書物をくらひ、家具または「家」をのみこむも穴ますます深し。おに、電線をくらひ、土地をくらひ、街をくらひて影のごとく立ちあがるも空腹感、ますます限りなし。おに、みづからの胃の穴に首さしいれて深さはからむとすれば、はるか天に銀河見え、ただ縹渺とさびしき風吹けるばかり。もはや、くらふべきものなきほど、はてしなき穴なり。

寺山修司
田園に死す」所収
1965

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