匈奴は平原に何百尺かの殆ど信じられぬくらいの深い穴を穿ち、死者をそこに葬り、一匹の駱駝を殉死せしめて、その血をその墓所の上に注ぐ風習があった。雑草は忽ちにしてそこを覆い、その墓所の所在を判らなくするが、翌年遺族たちは駱駝を連れて平原をさまよい、駱駝が己が同族の血を嗅ぎ当てて咆哮するところに祭壇を造って、死者に供養したと言う。
私はこの話が好きだ。この話の故に匈奴という古代の遊牧民族を信用できる気になる。因みに彼等の考え方に依れば、そのような平原を地殻と言い、そのような平原の果に沈む太陽を落日と言う。そしてまたそのような平原に降り積む雪を降雪と言うのである。
井上靖
「北国」所収
1958