ある街裏にて

ここは失敗と勝利と堕落とボロと

淫売と人殺しと

貧乏と詐欺と

煤と埃と饑渇と寒気と

押し合ひへし合ひ衝き倒し

人人の食べものを引きたくり

気狂ひと癲癇病みのやうな乞食と

恥知らずの餓鬼道の都市だ

やさしい魂をもつたものは脅かされたり

威かされたりして

しまひに図図しい盗人になるのだ

肺病やみや伝染病者や

生涯どうにもならないものらまで

這ひまはつて うじのやうに

その黴菌をふり散らして歩くことにより

自分の瀕死的な境遇の仇を打つところだ

女は無垢を破られたり

金に売られたり

畜妾や 畜生同棲や

師匠の妻をたぶらす子弟や

ここに正義も人道もない

下劣な利己主義者の群があるばかりだ

又すべての芸術志望者らの虐げられた生活は

極貧とたたかつて

ただ一本の燐寸のやうに瘠せほそつて

餓鬼道のやうに吠え立つてゐるところだ

空気はいつも湿け込んで

灰ばんでゐるのであつた

人間の心を温かにするものは無く

又不幸な魂を救ふべきことも為されてゐない

みんなはありのままに

ありのままなのら犬のやうに生きてゆく

 

室生犀星

愛の詩集」所収

1918

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