ひとりの人間が石の国に誕まれていた。
山も河も樹も草もみな石ばかりであった
なんというさびしいつめたい生活しかないのであろう
ひとりの たったひとりの生きている人間は
毎日 樹や人や草や塀や石塊に至るまで
眼につくものすべてをその手でたたき
自分の言葉だけでかれらの石になにかをつたえようとつとめていた
百年も 或いはそれ以上もつづけてきたのだろう
石の国に住むひとりの人間が
石と区別されていることといえば
それは彼がすべての石に対し同じ愛情と真実とをもって
その胸を叩き叩き哭けることであった
泪はずいぶん深く豊かなものだ
その泪が石を濡らし石を蘇えらすか
それとも遂には彼の泪も涸れたときに
またひとつの石の像がふえるか
どちらかだ そのどちらかだ
石ばかりの国に夕陽の残照がみなぎり
哭き哭き石をたたいている彼の
石に映る影もまた彼と同じに哭きながら
やっぱり石の影をたたいているのであった
伊藤桂一
「定本 竹の思想」所収
1968