不出来な絵

この絵を貴方にさしあげます

下手ですが
心をこめて描きました

向こうに見える一本の道
あそこに
私の思いが通っております

その向こうに展けた空
うす紫とバラ色の
あれは私の見た空、美しい空

それらをささえる湖と
湖につき出た青い岬
すべて私が見、心に抱き
そして愛した風景

あまりにも不出来なこの絵を
はずかしいと思えばとても上げられない
けれど貴方は欲しい、と言われる

下手だからいやですと
言い張ってみたものの
そんな依怙地さを通してきたのが
いま迄の私であったように
ふと、思われ
それでさしあげる気になりました

そうです
下手だからみっともないという
それは世間体
遠慮や見得のまじり合い
そのかげで
私はひそかに
でも愛している
自分が描いた
その対象になったものを
ことごとく愛している
と、きっぱり思っているのです

これもどうやら
私の過去を思わせる
この絵の風景に日暮れがやってきても
この絵の風景に冬がきて
木々が裸になったとしても
ああ、愛している
まだ愛している
と、思うのです
それだけ、それっきり

不出来な私の過去のように
下手ですが精一ぱい
心をこめて描きました。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959

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