外から砂鉄の臭ひを持つて来る海際の午後。
象の戯れるやうな濤の呻吟は
畳の上に横へる身体を
分解しようと揉んでまはる。
私は或日珍しくもない原素に成つて
重いメランコリイの底へ沈んでしまふであらう。
えたいの知れぬ此のひと時の衰へよ、
身動きもできない痺れが
筋肉のあたりを延びてゆく・・・・・
限りない物思ひのあるやうな、空しさ。
鑠ける光線に続がれて
目まぐるしい蝿のひと群れが旋る。
私は或日、砂地の影へ身を潜めて
水月のやうに音もなく溶け入るであらう。
太陽は紅いイリュウジョンを夢見てゐる、
私は不思議な役割をつとめてるのではないか。
無花果樹の陰の籐椅子や、
まいまいつむりの脆い殻のあたりへ
私は蝿の群となつて舞ひに行く。
壁の廻りの紛れ易い模様にも
ちょつと臀を突き出して止まつて見た。
窓の下に死にゆくやうな尨犬よ。
私はいつしかその上で渦巻き初める、
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砂鉄の臭ひの懶いひとすぢ。
三富朽葉
「三富朽葉詩集」所収
1926